青いプラスチックの神秘的スティック。金属光沢の美しいスティック。アクセサリーにもなる。
2年ほど前まで、岡山の実家に帰るにも、旅行に出るにもパソコンと一緒にUSBメモリーを持っていた。書き換えた最新の文章を記憶させるためだ。
USBメモリーは、USB端子のついた小型の記憶媒体だ。小説のような長い文章を持ち歩くには便利なツールだ。
これには2つの理由がある。1つはパソコンがウイルスにやられたり、故障したり、またなくなったときのバックアップ用だ。僕の友人もバックアップとして使っていた。
もう1つは、別のパソコンを使うとき用だ。USBメモリーに記憶してある最新のファイルを開き、書き加えていく。そして最後に記憶させる。
しかし、これが意外と面倒くさい。せっかく実家で何枚分か書いても、帰ってからアッ。USBメモリーを実家に忘れている。で、新しく書き直すことになる。
あるとき、普段使っているデスクトップが立ち上がらなくなった。内部から何やら音は聞こえるがディスプレーに画面が現れない。SNSに状況を書くと、 「ハードディスクじゃない。かなり深刻」「なんとかして入っているファイルは取り出したいんだけど」「ちょっと難しいんじゃない」…。いろいろとネガティ ブな答えが返って来る。
結局、ハードディスクが壊れて、僕の知識では中身の取り出しは無理だということになった。外付けのハードディスクでバックアップは取っていたが、やはり最新のものは消えているらしい。
「また、やってしまった。なにかいい方法はないの」「クラウドを知ってますか」「空の雲?」「似たようなものですが…」と、パソコン通は説明してくれた。
「雲」を意味するクラウドは、インターネット上にデータを保存するサービスだ。自宅や会社、外出先であっても、パソコン、スマートフォンをネットに接続さえすれば、最新のデータの閲覧、編集、共有ができる。
「すぐに、使えるようにして!」
以来、USBメモリーを持ち歩くことはなくなった。実家に帰るにも手ぶら、旅行に行くときもノートパソコンを持っていくだけだ。書きたいだけ書いてパソコ ンを閉じれば、最新のデータはインターネット上のクラウドに保存される。どのパソコンを使おうと、共通のクラウドのアプリさえ入れておけば、インターネッ ト上から取り出すことができる。
科学の進歩はすごい。と、思った直後、「あっ」と思ったら後の祭りだった。実家に帰って、置いてあるパソコンで数時間、仕事の続きを書いた。神戸に戻って自宅のパソコンを開き、無意識のうちにマウスを動かし、クリックを続ける。
出てきた画面は、岡山に行く前に神戸で書いた画面だ。どこでどうなったか、神戸のパソコンに保存していた書き換え前の文章を開き、それを岡山で書き 加えた最新の文章に上書きしてしまったようだ。しばらく、呆然(ほうぜん)と画面を見つめていた。やはり、最後の砦(とりで)は人の注意力だ。
さて、僕にとってスマートフォンで最高の優れ物はメールのアプリだ。電車の中、食事中、買い物中、布団やトイレの中でもメールが見られる。数年前まではメールのチェックはパソコンでしかできなかった。これも「クラウド」を使用している。
でも、これで24時間仕事モードになってしまった。
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【プロフィル】高嶋哲夫
たかしま・てつお 昭和24年生まれ、岡山県出身。慶応大工学部修士課程修了。日本原子力研究所(現日本原子力研究開発機構)の研究員を経てカリフォルニ ア大学に留学。『イントゥルーダー』でサントリーミステリー大賞・読者賞。著書に『M8』『TSUNAMI津波』『東京大洪水』『原発クライシス』『ライ ジング・ロード』『首都崩壊』など。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140825/its14082510300001-n1.htm