低侵襲心臓手術とは、通常大きな胸骨正中切開で行う心臓手術を、できるだけ小さな切開で行うものです。以前は胸骨を3分の2ほど切開して手術する「胸骨部分切開」がメーンでしたが、最近は、肋骨(ろっこつ)と肋骨の間(肋間)を5~10センチほど切開して手術する「肋間小開胸」での手術が多くなってきました=【図1】参照。
肋間小開胸の手術では胸骨を切らないため、出血が少なく、細菌感染のリスクも激減し、術後の運動制限もほとんどありません。そのため、早期リハビリが可能となり、早期退院、早期社会復帰が可能になります。また女性では、傷口が乳房に隠れるため、美容的にも非常に満足度の高い手術です。
心臓病センター榊原病院では肋間小開胸での低侵襲心臓手術を2005年から開始しました。13年には年間100例を突破し、13年末までで420例を超える低侵襲手術を行ってきました。この症例数は、慶応大学病院に次ぐ、本邦第2位の症例数となります。
2005年に低侵襲心臓手術を開始した時は、美容を目的とした若年女性の先天性心疾患(心房中隔欠損症)手術がメーンでした。その後僧帽弁疾患まで適応を拡大し、07年には日本で初めて肋間小開胸で大動脈弁疾患の手術を行いました。その後も努力を重ね、10年には日本で初めて大動脈弁と僧帽弁の同時手術も行っています。
2012年までは、早期社会復帰を目的とした比較的若年者の手術がメーンでしたが、12年9月の新病院移転を機に、高齢者でも積極的に低侵襲手術を行う方針としました。特に、高齢女性で多い大動脈弁狭窄(きょうさく)症に対しても、「出血や感染などの術後合併症を予防する」ために肋間小開胸で手術を行うことが多くなっています。実際に新病院移転後は、大動脈弁手術の半数以上が70歳以上の高齢者でした=【図2】参照。そして、12年末から左肋間小開胸での冠動脈バイパス術(2本以上)も開始し、心臓手術のかなりの部分で低侵襲手術を行う技術がそろいました。
大変素晴らしい低侵襲心臓手術ですが、なかなか日本全国に広まらないのは理由があります。まず、小さな切開からの手術なので、手術難易度は格段に上がります。また、術者だけが慣れていても手術にならないので、サポートする外科医、麻酔科医、手術室看護師、人工心肺技師すべてが手術を深く理解しておく必要があります。そして、ささいな事が大きなトラブルにつながってしまうので、手術中はいつも以上に細心の注意を払わねばなりません。高い技術、深い経験、そして盤石のチームワークがなければ、安全に低侵襲心臓手術を行うことはできません。心臓病センター榊原病院では、これまでさまざまな工夫を追加し、高齢者でも安全に低侵襲心臓手術を行うことができるようになりました。
心臓病センター榊原病院でも2013年末から経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)を行えるようになりました。ただ、カテーテルが通る動脈の損傷、不整脈によるペースメーカー植え込み、人工弁の周囲に隙間ができて血液が心臓に逆流するなどの問題があり、TAVRも完璧な低侵襲治療とは言えません。人によってはむしろ、通常の人工弁置換術の方が安全な場合もあります。通常の手術、肋間小開胸による低侵襲手術、カテーテルで行うTAVR、どの治療が最も安全なのかを判断し、その人にとってベストの治療法を今後も提供してゆく予定です。(心臓病センター榊原病院心臓血管外科部長 都津川敏範)
都津川敏範・心臓病センター榊原病院心臓血管外科部長
とつがわ・としのり 広大付属福山高、岡山大医学部卒。尾道市立市民病院、岡山大大学院を経て2003年から心臓病センター榊原病院勤務。08年から現職。外科専門医・指導医、循環器専門医、心臓血管外科専門医・修練指導医。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140203-00010003-sanyoiryo-hlth