食材偽装と論文捏造(ねつぞう)の話の続きです。
味というのは個別の体験としては極めてはっきりしたものですが、いざ言葉にしようとすると難しい。つまるところ、「うまい」としか言えない。
優れたグルメリポーターというのは優れた言葉の使い手です。味について微妙な感覚を持っているかどうかなんてほとんど分からない人が、食べてはコメントするというようなテレビ番組が山ほどあります。これはある意味、不思議なことです。その料理がうまいかどうかは、グルメリポーターが何とコメントしようが、そんなことに関係なく、その料理を食べに行けば分かるからです。
しかし、現実はどうでしょうか。どこの店が作っている▽誰がうまいと言っている▽テレビで取り上げられた▽行列ができる-などの要素がどんどん大きくなって、本来の味の役割がどんどん小さくなっていきます。
それでも料理の場合は、食べてすぐ味が感じられるので偽装を見分ける人もいるでしょう。これに対し、降圧薬は飲んだところですぐに体に変化があるわけではありません。「血圧が下がるじゃないか」という人がいるかもしれませんが、血圧なんて測らなければ分かりません。血圧を測らないで自分の血圧が下がったと分かる人がいるかもしれませんが、それはちょっと特殊な体験だと思います。
高血圧の大部分は全く症状がなく、降圧薬を飲んだところでやはり何も症状がない人が大部分です。体験としては何も起こらない。これは偽装の格好のターゲットです。
味の偽装に比べれば、降圧薬の効果の偽装なんて簡単です。味の「うまい」というような体験がないので、付け加える情報だけが全てになるからです。これにはこんな効果がある▽こんな高い値がついている▽専門医が勧めている-と言葉だけで効果を偽装することができるからです。そして、薬を売りたい多くの人がいて、巧妙な偽装を編み出しています。
実は論文捏造は、ちょっと調べれば分かるという点で最も幼稚な偽装です。製薬会社が医師に提供する資料は広告という名の偽装であふれているのですが、なかなか偽装と分かりにくい。そうした偽装を見破り、患者さんに適切な薬を処方するのは、われわれ臨床医の重要な役割だと思っています。そして、この連載の意味もそんなところにあると思っているのです。(武蔵国分寺公園クリニック院長・名郷直樹)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/131203/bdy13120307370000-n1.htm
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