【話の肖像画】僧侶・庭園デザイナー 枡野俊明さん(60)
ごく当たり前のこと、「シンプルに暮らしましょう」としか書いていません。身の回りはきれいにしておこう、毎日を丁寧に生きよう、電車内での化粧は誰にも迷惑をかけないから構わない-ではなく、他人が見て美しい所作か、そうでないかで判断しましょう、と。
〈昨年発売され23万部のベストセラーとなった「禅が教えてくれる美しい人をつくる『所作』の基本」(幻冬舎)の続編など今春以降、禅の思想に基づいた生き方を提案する著書が、立て続けに出版された〉
なぜ、多くの方に読んでいただけるのか不思議なんですが、競争主義、合理主義が行きすぎて心が渇き、心のよりどころを探している人が多いからではないかと想像します。物質的な豊かさを求め、ほしいものを手に入れると、また次のものが欲しくなる執着のスパイラルから抜けたいと思う人も多いのでは。
うちの座禅会に来られる40代半ばの男性は、大きくなった取引先が東日本大震災で一瞬のうちに消えてしまったことに、いたたまれなくなったそうです。これまで自分がやってきた努力は何だったんだろう、と。
禅では人間の計らいごとを超えたもの、季節のうつろいなど変えようがないものを真理といいます。企業や社会の中にいると、相手のためと思ったことでも、人間の計らいごとを超えていない場合がほとんど。自然界の大きな中で物事をとらえようとすれば、何をなすべきか、今やらなくてはいけないことが見えてきます。
「いつやるの? 今でしょ」という予備校の先生の言葉が話題になっているそうですが、今なすべきことに集中するというのは、禅の生き方そのもの。「而今(にこん)」といいます。一瞬一瞬の積み重ねが、一生をつくりあげていく。極端にいえば、ひと呼吸の間に生きて、呼吸が終われば過去。失敗したことは引きずりがちだが、終わったことは取り戻しようがない。いつまでも悔いていないで、なぜ失敗したか原因を明らかにし、同じような場面に出くわしたら間違いを起こさないようにすればいい。悔やんでも、結果が変わるわけではないですから。
一方で、起きてもいない先のことを、どうしようと不安に思うこともある。「妄想(もうぞう)」といい、迷いが悩みを広げていく。だいたい悩むのは夜、闇は悩みを膨らますんじゃないでしょうか。雑音がないので考えるに適していると思われるかもしれませんが、脳がどんどん活発になり休めない。寝る1時間前には音楽を聴いたり本を読んだり、座禅を組んだりして前頭葉を休ませる。私は夜10時すぎには床に入り、朝4時半に起きる生活を続けています。
ものごとには原因があり、縁が訪れて因縁が結ばれ結果が生じる。いい縁を朝に結んでおき、蓄積されるといい仕事も回ってくる。チャンスは皆に平等にやってきます。寝坊して準備ができていなかったら、チャンスは通りすぎてしまい、因縁が結べないんです。(聞き手 伊藤洋一)
【プロフィル】枡野俊明
昭和28年、横浜市出身。玉川大学農学部卒業後、54年に曹洞宗大本山総持寺へ修行に。57年、日本造園設計を設立し、カナダ大使館(東京)やベルリン日本庭園など禅の庭を創作する。平成11年に芸術選奨新人賞(美術部門)、18年にニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100人」に選出。「共生(ともいき)のデザイン」「禅の言葉~シンプルに生きるコツ」など著書多数。徳雄山建功寺(横浜市鶴見区)の第18世住職。多摩美術大学環境デザイン学科教授。
産経新聞
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/life/medical/snk20130720511.html