レシピには「塩と胡椒をふる」という言葉が頻繁に出てくる。プロの料理人は「塩胡椒する」などと言ったりする。
素材の下ごしらえであったり、味を調えるためであったりするのだが、塩と胡椒はコンビになっていることが多い。塩については以前考えてみたが、相方である胡椒についても同様に「なぜ?」の哲学を探ってみよう。
肉や魚を焼くレシピでは、焼く前に「(塩と)胡椒をふる」と書いてあることが多い。なぜか?
「焼く前に肉に胡椒をふるのは香りをつけるため、と思い込んでいる素人が多いようですが、それは間違い。焼いたら胡椒の香りはほとんどなくなってしまいますからね」と、わが師匠である料理人は、素人である僕の顔を、疑うような目つきでチラリと見た。
事前に胡椒をふる大きな理由は肉や魚の臭みを抑えること。とすれば、素材の持ち味をそのまま生かしたい場合には、事前に胡椒をふる必要がない。実際、肉を焼く前にはふらず、焼き上げてから塩胡椒をする料理人もいる。
というわけで、レシピをつくった人には大変申し訳ないのだが、まずは疑ってみることから始めよう。ホントにここで胡椒をふったほうがいいの?
もちろん、匂いの強い素材を用いる場合、あるいは素材の香りを抑えたほうがいい料理など、素材や調理法、仕上げのイメージによっては事前に胡椒をふったほうがいいことも多い。そんなときには素直にレシピに従いましょう。ただ、その場合も、ちょっと考えたほうがいい。どんな胡椒をふればいいの?
大まかにいって胡椒には黒胡椒と白胡椒がある。黒胡椒は胡椒の実の果皮がついたままの状態で香りが強い。白胡椒は果皮を取り除いてあるので香りがおだやか。ということは、強い香りの素材に対しては黒胡椒、そうでない場合は白胡椒をふる、ということになるはず。
「でもね、繰り返すけど、焼く前にふった胡椒の香りなんて焼いたらほとんどなくなっちゃう。焼く前の肉に新鮮なホールの黒胡椒を胡椒挽きで挽いてかけるような人もいるけど、あまり意味がない。それより焼いた後の胡椒に気を遣ったほうがいい。焼き上がった肉などにふる胡椒は料理としての香りづけという重要な意味をもちますから」と師匠。
実際に、塩胡椒してから焼いた肉と、何もふらずに焼いた肉に食べる直前に塩胡椒したものを食べ比べてみた。塩胡椒して焼いた肉は、塩味とかすかに残る胡椒の香りが肉全体に平面的に広がる。一方、焼いてから塩胡椒した肉は、肉の味と塩の味、胡椒の香りが鋭角的に立つ。
肉の味と胡椒の香りを組み合わせたいなら(あるいは胡椒の香りで肉の味を引き立てたいなら)、食べる直前に新鮮な胡椒をふる。それもできれば、ホールの胡椒を胡椒挽きで挽く、あるいは包丁などで押さえながら押し割ったものを使うと、より鮮烈な香りが得られる。
余談ながら、胡椒に限らず、「香り」は料理においては重要な要素だ。肉を焼くときのように、同じ食材や調味料でもどのような使い方をするかによって、印象がまったく違ってくる。
カレーをつくる場合に、同じスパイスでも油に香りを移すときにはホールで、ルウ全体に香りをつけるためにはパウダーで使い分けるのもそう。パスタや煮込み料理などにハーブを用いる場合、ソース全体に香りをつけるのには刻んで入れるし、料理のポイントとして香りの要素を加えるには、葉の状態で添えたりする。
話がそれたが、要するに、「胡椒をふる」というレシピの言葉を何の疑いももたずにそのまま実行するのと、「今ここで胡椒をふったほうがいいのか?」「どのような胡椒をどのような状態でふればいいのか?」と考えながらふるのとでは、料理のレベルがまったく違ってくるのだ。
http://news.goo.ne.jp/article/president/life/president_9840.html