生でもおいしいナスと聞いて、それがどうした、の気分。子どものころから、サンザッパラ生で食べてきたわい、と。なにかあと一品ということあらば、裏の畑からナスをもぎ、塩もみするのが、実家のお決まり。塩もみして酢と醤油、味の素パパッでかつぶしを。まぁ、飽きもせず、よく食べさせられた。だから、今さらと、水ナスには冷やかな私だった。
そんなある日、イタリアンの前菜に、水ナスを見つけたのだ。単なる好奇心で頼んだそれは……。ゴロゴロと切ったナスにオリーブ油がトロリ、薄切りのパルメザンチーズが花がつおもどきに躍っていた。なんじゃこれ、料理ですかい、と、小馬鹿にした気分で口に。そして3秒後、私はそれまでのナス観が音をたてて崩れていくのを知った。チーズもオイルも一級品だったけど、そのナスの味わいときたら。フルーティ&ジューシー。カシッと皮に歯をあてたときの感触がいい。果肉はあくまできめ細かく、瑞々しさは朝露のごとし。果物のように爽やかで、ほのかな甘みさえも。要するに、この瞬間、水ナスに惚れてしまったのだ。
ナスはインド原産で、8世紀に中国を経て日本に渡来したとか。花をつけたら必ずのように実を結ぶ律義さゆえか、古くから栽培作物となり、各地の風土に添って、土地固有の姿で育ってきた。
水ナスはその典型。勇壮なだんじり祭りで有名な岸和田を中心とした泉州地方で、そこだけのナスとして。土壌がそうさせるのか、水分の多さはひときわで、野良仕事の合間、水がわりにかじることも。収穫すれば、保存のために糠漬けに。どうしようもない古漬けになったら、大阪湾でいくらでもとれたジャコエビと炊き合わせたおかず「じゃここうご」にして。広く流通させようとしても、ことさら薄い皮と水分ゆえに傷みやすく、ままならなかった。
転機は40年以上前。クール宅配便で漬物が販売されるようになり、全国にその名を知られることになったのだった。やがてもぎたてそのままも。築地でも、35年以上前から入荷している。
今では「泉州水なす」の商標を取得、露地栽培が始まる6月からが本シーズンだ。生食のおいしさがうけて、関東近県からサラダ水ナスの名で出荷されるものも出てきたが、土壌の違いか、本場物に較べるとなんだか物足りない。
泉州では漬物が一般的で、それも広く売られているが、私は第一遭遇のショック冷めやらず、鮮度のいいうちにもっぱらサラダだ。時間がたつと、やはりエグミを感じるので、水でさらして焼いたりするが、なんだか水ナスに申しわけないことしてる気になってしまう。
http://news.goo.ne.jp/article/president/life/medical/president_9525.html