プレジデントFamily 2011年6月号 掲載
春の行楽シーズン到来。お弁当のおかずの定番は、何といっても鶏の唐揚げやえびフライ、フライドポテトだ。アウトドアで食べる揚げ物はとにかくおいしい! でも、揚げ物のメカニズムやその正しい調理法は意外に知られていないようで。
――揚げ物をしているとき、鍋の中ではどんな現象が?
先生 熱した油に食材を入れると気泡が出てきますよね。実はあれ、すごい勢いで水と油が交代しているんです。高温の油に沈められた食材、あるいは衣に含まれている水分が蒸発し、その水が抜けた部分に油が入り込むのです。これを水と油の交代現象といいます。
――水と油の交代現象と、おいしさとの関係は?
先生 水が十分に蒸発して、そこに油が入り込んだ揚げ物ほどおいしく感じるのです。食材の表面や衣が乾燥しカリッ、サクッとした食感と、食材そのものの甘味やうま味、肉汁のジューシーさなどが口の中で合わさって「おいしさ」となります。
――では衣の内部の食材は油の中でどのような現象が起きていますか?
先生 天ぷらやトンカツなど衣つきの揚げ物では、衣の中で蒸されているのと同じように加熱されていきます。食材の表面からの伝導熱で熱が伝わるため、中心温度は比較的緩やかに上昇していきます。
――揚げ物の失敗は「ベチャッ」とした食感になることです。
先生 それは、水と油の交代がスムーズに行われず、水分が食材や衣に残ったままだから。よく「衣が油を吸ってベチャッとしてしまった」と思われがちですが、出ていっていない衣の水分が失敗の原因なのです。適温よりも低い温度で食材を揚げた場合などで、重たい食感になってしまいます。
――鉄則は適温ですね。
先生 油の量をできるだけ多くすることも水と油の交代現象をスムーズにします。量が多いほど熱を蓄える力(熱容量)が大きくなり、食材を投入しても油の温度が下がらずキープできます。また、一度にたくさんの食材を入れるのも温度が下がる原因になりますから、少しずつ入れることもベタつき防止に役立ちます。一度に入れる食材の目安は、食材の表面積が鍋に入れた油の表面積の2分の1以下です。
――150度、180度……。揚げ物には温度の目安があります。なぜ、食材によって分類されているのですか?
先生 揚げ物の温度は大きく3つに分けられます。低温(150~160度)、中温(160~180度)、高温(180~200度)です。これらは、“食材の中心までの火の通りやすさ”で分類されています。
――低温揚げに適しているのはどんな食材ですか?
先生 低温揚げは、火が通るのに時間がかかる食材です。例えば、芋、カボチャのようなデンプンが多い食品。デンプンのα化(糊化)には時間がかかるため、低温でじっくり揚げます。また分厚い食材も火が通るのに時間がかかるので、低温揚げです。
――高温揚げに適しているのはどんな食材ですか?
先生 こちらは低温と逆で、火が通るのに時間がかからない食材や、中心まで火を通さなくていい食材です。例えば、天ぷらにする魚やイカなどの魚介類はデンプンが多い食品より水分が多い。水分はデンプンに比べて熱が伝わりやすいですから短い時間でOKです。コロッケなどはすでに内部に火が通っており、衣に揚げ色がつけばいいから、高温でさっと揚げます。
中温揚げは、野菜のかき揚げなど低温と高温の中間に位置する食材が適しています。揚げ物をするとき、揚げ油の温度を温度計で測る人は少ないですから、低温と高温の目安を覚えておくと便利です。
――お弁当の定番、鶏の唐揚げは、よく「2度揚げ」するとおいしいと聞きますが。
先生 唐揚げの場合、最初に低温で時間をかけて揚げて、肉の中心部分まで火を通します。その後に、高温で揚げます。
唐揚げは鶏肉に粉をまぶして衣にしますが、この衣はとても薄い。小麦粉、溶き卵、パン粉と三重につけるチキンカツと比べてかなり薄いです。だから、油に投入するとすぐに肉の表面に熱が伝わります。このとき、油が高温だとしたら、肉の表面だけ加熱がどんどん進み、肉の中心に火が通る頃には衣は黒焦げになってしまいます。もしくは表面は揚がっているけれど、肉の中心は生のままです。
――2度目に高温で揚げるのは?
先生 食感と揚げ色をよくするためです。肉の内部からにじみ出てきた水分をよく蒸発させることで、表面や衣が乾燥してさらにカリッ、サクッとなります。
結論:ベチャッとした食感になってしまうのは、水分のせいでした
料理本には「150度くらい」とか、「180度くらい」とか書いてあるけれど、いつも同じ温度で揚げていたという人は多いのでは? 家庭で揚げ物は面倒だという人も多いが、この記事をきっかけに、ぜひ2度揚げの唐揚げに挑戦していただきたい。
先生:佐藤秀美
大手電機メーカーの研究員を経て、お茶の水女子大学で博士号を取得。現在は日本獣医生命科学大学、放送大学で講師として調理科学を教えている。著書に『おいしさを作る「熱」の科学』などがある。2児の母。
http://news.goo.ne.jp/article/president/life/medical/president_9186.html