プレジデントFamily 2011年3月号 掲載
肉汁じゅわ~……。子供も大人も大好きなハンバーグ。ひき肉や玉ネギがあれば、お父さんでもサクサクッと調理できるが、「理屈」を知るともっと美味しく作ることができる。例えば、卵、パン粉といった「つなぎ」。なぜ、つなぎを入れるのだろう。
――「100%ビーフ」のハンバーガーのパテには、卵は入っていませんよね。どうして家で作るハンバーグには入れるのですか?
先生 実はつなぎに卵を入れるのは日本独特の方法なんです。欧米では入れないのが普通です。
――日本に特殊な事情があるのですか?
先生 卵は完全食品といわれるほど栄養価が高い。卵黄・卵白に含まれるタンパク質は必須アミノ酸がバランスよく含まれています。ハンバーグが食卓に並び始めた昭和の時代、100%牛肉のひき肉はぜいたくなので、牛肉よりも安価で栄養価の高い卵を入れたのです。
――卵は「つなぎ」としてどんな役割をするのですか?
先生 卵は、ひき肉同士をつなぎとめる“接着剤”になります。卵にはタンパク質がたくさん入っていますが、タンパク質の性質として温度が上がると凝固します。卵黄のタンパク質は約65度、卵白は75度を超えると固まります。だから、ゆで卵も茶わん蒸しもプリンも固まる。ハンバーグの場合、卵の凝固力が内部から肉のうま味が流出しないように重要な働きをしているのです。
――あの「肉汁じゅわ~」は卵のおかげなんですね?
先生 その通りです。卵には保水性があるので、卵を入れると肉本来の食感とともにふわっと軟らかい弾力あるハンバーグに仕上がります。
和食の場合、つなぎとしては、山芋、かたくり粉などでんぷん類を使うことが多いです。
――欧米ではなぜハンバーグに卵を使わないのですか?
先生 以前、和牛ひき肉に卵を入れたハンバーグを食べたフランス人の子供は言いました。「これ、腐ってるよ」。彼らにとって軟らかい肉はなじみがなくて、肉は脂身が少なく硬いのが当たり前なんです。歯でかみ切って、味わう食文化なんです。食べた瞬間の「じゅわ~」はなじみがないんですね。フランスのテリーヌなどには、つなぎで卵を使いますが、これらはハンバーグステーキとは違うカテゴリーなんですね。
――日本はつなぎにパン粉も使いますね。
先生 これも重要なつなぎですが、接着剤としての役割はあまりありません。牛乳に浸し、またそれを搾って混ぜることで、卵同様に成形しやすくなります。また保水性もあります。
――ところで、卵やパン粉を使わない欧米のハンバーグは焼いてもボソボソにはならないのですか?
先生 はい。ポイントは塩。基本的にひき肉に塩のみを混ぜてよく練り合わせます。塩は、肉(タンパク質)を分解・溶解する作用があり、よく練り合わせることによってヌルヌルと肉に粘り気が出てきます。
かまぼこを作るときに、すり身に塩を加えると急に粘りが出ます。そのすり身をかまぼこの板にのせて蒸すと、しっかりと固まり、弾力のあるかまぼこを作ることができます。そうした作用に似たものです。
――塩がつなぎにもなるということですか?
先生 肉の中には繊維タンパク質というものがあり、塩を入れると粘り気が出てくる。その粘り気が肉同士の結着性やうま味を逃さない保水剤の役割を演じているのです。
また、塩は焼くときも大いに貢献しています。塩は、熱を加えるとタンパク質を固める効果があり、ハンバーグに入れると崩れにくくなります。通常、魚や肉を焼く直前に塩を振るのも、表面を適度に固め、内部のジューシーさを逃さないためです。
――塩もハンバーグをジューシーに仕上げるのに貢献しているんですね。
先生 塩の量は材料全体の重量の1%弱が目安です。ひき肉600グラム、パン粉や卵などつなぎを100グラム入れる場合は塩は7グラムです。ハンバーグに限らず、料理に1%ほどの塩を利かせるとおいしく感じられるといわれているんですよ。
――塩に卵、パン粉という独自のハンバーグのつなぎを開発した日本の調理技術は素晴らしいですね。
先生 最後に、よりふっくらとうま味たっぷりの「肉汁じゅわ~」を作り出すコツをお教えしましょうか。フライパンで両面を軽く焼いたハンバーグの下に、薄切りしたジャガイモやニンジンを敷くのです。そうやって底上げし、鉄板と肉の間に空間を作ると直接熱が伝わらず、ふたをすると蒸し焼き状態になる。まるでオーブン料理のような軟らかな出来になります。
結論:卵のほか、塩もタンパク質に働きかけ、「つなぎ」になります
先生によれば味の決め手はやっぱり肉選び。先生のおすすめは牛肉と豚肉との合びきではなく、牛肉100%。牛モモ肉と牛脂を買うときに、一緒に「2度びき」してもらうといい。それにつなぎを混ぜてつくれば、家庭の味が、高級レストランの味になるとか。
先生:佐藤月彦/服部栄養専門学校講師
専門は西洋料理だが、和食や中華などさまざまな料理に精通している。料理番組やバラエティー番組、料理をテーマにしたドラマなどテレビ出演多数。先生いわく「料理は地理、歴史、物理、化学がわからないとできない」。
(大塚常好=構成 市来朋久=撮影 塩出尚子=撮影協力
先生:服部栄養専門学校講師 佐藤月彦)
http://news.goo.ne.jp/article/president/life/medical/president_8615.html