国立循環器病研究センター(国循)と高輝度光科学研究センター(JASRI)は1月5日、理化学研究所が所有する大型放射光施設「SPring-8」の高輝度X線を用いて、循環器疾患モデルに多用されているマウスやラットなどの拍動心臓において微小な冠動脈の収縮・拡張機能を観察する技術と心筋収縮を起こすタンパク質分子の運動機能を解析する技術を世界に先駆け共同開発し、循環器病の分子レベルの仕組みを解明してきたとして、一連の研究成果をまとめたレビューが米国専門誌「Circulation Research」に掲載されることを共同で発表した。
成果は、国循研究所 研心臓生理機能部長の白井幹康氏、JASRI 利用研究促進部門副部門長の八木直人氏、同・梅谷啓二主幹研究員らの共同研究グループによるもの。レビューは、米国時間1月4日付けで「Circulation Research」電子版に掲載された。
マウスなどの小動物は、遺伝子導入や欠損などの遺伝子操作技術が確立し、また、短期間での病態モデル作成が容易であることから、試験管で行われる遺伝子・タンパク質レベルの研究を個体に還元して検証する研究において重要な位置をしめている。
しかし小動物において、循環調節に直結する心筋の収縮・弛緩機能や脳、心臓、肺、腎などの血管機能を生きた個体で観察することは技術的に容易とはいえない。
特に、体が小さく(20g程度)、高心拍数(約500拍/分)のマウスでは、高速に動いている心臓での微小冠動脈の異常な収縮や閉塞などは観察困難である。また、心臓の収縮・拡張を引き起こす心筋細胞内のタンパク質分子の運動機能障害も評価不可能だった。
このような小動物生体における心血管機能の観察限界は、循環器病の分子メカニズムの解明に遺伝子改変技術や病態モデル作製技術を充分に活かせない一要因となっていたのである。そこで、SPring-8の高輝度放射光X線の特性を活かして、以下の2つの研究法が開発された。
1つ目は、「放射光高解像度微小血管造影法」だ。この造影法では、血管を映し出すために血管内に注入する「ヨード性造影剤」のX線吸収が特異的に高まる波長のX線を放射光から選択的に取り出し、さらに、高速メカニカルシャッターによってビデオ信号に同期したパルスX線(露光時間1~2ms)にして、目的部位に照射。
このような特殊なX線で、高濃度分解能および対象物の動きに伴う画像のブレの最小化(ストロボ画像化)を実現する。撮像カメラは1インチX線撮像管サチコンで、最小7μmの分解能で血管撮影が可能だ。
画像1は、特殊X線を当てながら、麻酔下マウス(心拍数~500拍/分)の上行大動脈にヨード性造影剤を微量注入し、麻酔下のマウスで可視化した冠動脈(A、B)と右心室から肺動脈(C)。高速で拍動する心臓の冠動脈の本管(約150μm径)から細動脈(約30μm径)レベルまでの血管応答が鮮明に映し出されている。
Bは、血管内皮から血管拡張性物質を放出させるアセチルコリンを投与し、広範囲の血管枝が拡張したところ。またCでは、右心室から肺動脈幹、さらに肺微小動脈までが連続的に観察可能だ。
そして画像2では、国循の寒川研究所長が発見した「アドレノメデュリン(AM)」のラット虚血心臓での血管新生効果と血管内皮機能改善効果が画像で明確に示したもの。
麻酔下でラットの左冠動脈前下行枝を30分間閉塞して開放し、覚醒後3日間飼育。その飼育の期間、対照ラットでは生理食塩水を、AM注入ラットではAMを持続的に皮下注入している。その後に再度麻酔し、この微小血管造影が撮影された。
血管内皮から血管拡張性物質を放出させるアセチルコリンを投与すると、無治療の対照ラット(上段の2つの図)では異常な血管収縮(米印)が起こったが、AM注入ラット(下段の2つの図)では正常な拡張応答(赤矢印)が起こった。また、AM注入ラットでは、対照ラットと比べ、アセチルコリン投与前の血管数が多いことから、血管新生が促進されていることがわかる。
2つ目は、「放射光X線回折法」。前出の放射光高解像度微小血管造影法は、X線が造影剤で吸収されてできる影を利用した方法だが、こちらはX線が心筋細胞内の収縮タンパク質分子である「アクチン(A)」と「ミオシン(M)」に当たり、散乱された後、干渉し合ってできる回折像を解析する方法だ。
AとMは規則正しく配列した六角格子構造を形成し、この構造内にはMだけが配列する(1,0)格子面とMとAが配列する(1,1)格子面がある(画像3・B)。この規則正しい構造により、散乱X線は干渉し回折像を作るが、(1,0)格子面に由来する回折ピークを(1,0)反射、(1,1)格子面由来を(1,1)反射と呼ぶ(画像3C)。
心筋収縮時にはMの頭部がA側へ移動・結合することで力を発生するが(画像3・A)、これはMだけの(1,0)格子面からAとMで構成される(1,1)格子面への質量移動を意味し、回折像では(1,0)反射の輝度I1,0の低下と(1,1)反射の輝度I1,1の増加として現れる。実際の解析には、輝度比I1,0/I1,1を用い、輝度比低下の度合いはM頭部のAへの移動・結合数とほぼ比例。弛緩時は逆に輝度比は増加する。
画像3は、心筋収縮タンパク質分子の六角格子状配列とそのX線回折像。(A)は、心筋細胞とその横紋を拡大した模式図。「サルコメア(筋節)」は、横紋を拡大すると見えてくる構造だ。筋節でのA帯(A-band)では、アクチンとミオシンが重なり合っている。収縮時にはミオシン頭部がアクチンへ移動・結合することにより力が発生する仕組みだ。
Bは、筋節のA帯の横断面を示した模式図。細いアクチンと太いミオシンが六角格子状に配列しており、ミオシンだけが配列する(1,0)格子面とミオシンとアクチンが配列する(1,1)格子面が見られる。
Cは、心筋X線回折像の一例。内側には(1,0)格子面を反映する(1,0)反射、外側には(1,1)格子面を反映する(1,1)反射が観察できる。心筋収縮時には、ミオシン頭部がアクチンに移動・結合するため、(1,0)格子面から(1,1)格子面に質量移動が起こる。従って、(1,1)反射の輝度は増強し、(1,0)反射の輝度は減少するというわけだ。結果、(1,0)反射の輝度と(1,1)反射の輝度の比(I1,0/I1,1)は減少。心筋弛緩時には、逆に増大するのである。
画像4は、20週齢の「自然発症高血圧ラット(SHR)」の肥大心臓の左心室前壁と後壁に0.2mm×0.2mmの放射光マイクロビームを当て、約10心拍に渡り回折像の(1,1)反射輝度に対する(1,0)反射輝度の比と左心室圧の変化を記録したものだ。
正常な心筋では、ミオシン頭部のアクチンへの結合と離脱は周期的に繰り返している。その結合と離脱を反映する輝度比は、前壁では心拍リズムに同調した正常な周期的変化(緑矢印)を示しており、ミオシン頭部のアクチンへの正常な周期的結合・離脱が示唆される。しかし、後壁の輝度比は心拍と同期しない不規則な変化となっており(赤矢印)、結合・離脱機能の障害が示唆された。
研究グループによれば、このラットの心臓全体のポンプ機能には異常は見つかっていないことから、放射光マイクロビームを使った心筋X線回折法は、心臓局所の心筋収縮タンパク質機能のピンポイント評価法として極めて有効と考えられるとしている。
このことから、心筋収縮タンパク質機能の障害は、心臓全体で均一に進行するのではなく、心臓局所ごとに不均一に進行することがわかった。放射光X線回折法は収縮タンパク機能障害の不均一性進展をピンポイントで診断可能とする方法である。
今後の展望についてだが、まずは放射光高解像度微小血管造影法。同法はあるがままの臓器血管ネットワークを可視化し、さらに臓器内の血流分布や循環時間も観察可能とすることから、臓器機能に直結するにも関わらずこれまで観察できなかった、心臓、脳、肝臓、腎臓などの固形臓器の内部を走る微小血管の応答に迫っていくという。
循環調節関連の遺伝子を改変した種々のマウスへの応用によって、各臓器の循環調節や血管病の遺伝子・タンパク質レベルの仕組みが明らかになると期待されるとした。また同法は、血管再生の評価にも応用できるので、心筋梗塞、脳梗塞などの虚血性疾患後の血管新生のメカニズム解明や、血管再生治療の評価にも応用できるという。
そして放射光X線回折法は、現時点で心筋収縮タンパク質分子の運動を拍動する心臓から非侵襲的にリアルタイムで計測できる唯一の手法であり、心室の前、後壁などの異なる心筋局所や心外膜下層、中層、内膜下層の異なる心筋層での収縮タンパク質機能のピンポイント診断を可能とした。
今後、iPS細胞などを使った心筋再生療法の評価や、心筋の神経、液性調節分子の解析法とのカップリングによる心筋生理・病態の解明への応用が期待されるという。
以上の2つの方法を循環器病モデル小動物に組み合わせて応用すれば、さまざまな心臓・血管病の分子レベルの仕組みの解明が進み、それに基づく根本的治療法の開発が加速するものと期待されると、研究グループはコメントしている。
http://news.goo.ne.jp/article/mycom/life/medical/mycom_740296.html