プレジデントFamily 2011年11月号 掲載
先生:長尾慶子/東京家政大学教授
大学では、調理学や調理実習などの授業を担当。調理中の排水やゴミを減らす「エコ・クッキング」など、食教育の研究も行っている。
今晩の肉はロースにしようか、それともちょっと奮発してヒレか。豚肉のうま味が衣に閉じ込められたトンカツはビタミンBが豊富で栄養も満点だ。このトンカツ、料理のポイントはといえばやはり衣。外はサクッと中はジューシーに揚げられる「裏技」はあるのか。
――衣の材料は、小麦粉、卵、パン粉の定番セットですよね。
先生 はい、それが基本です。塩、コショウで下味をつけた肉に小麦粉をまぶし、溶き卵にくぐらせてから、パン粉をつけ、衣を作ります。この流れを経て、油の中へジュワッと投入です。
――いつもこの小麦粉、溶き卵、パン粉の3ステップに手間がかかって、少し面倒くさいと思うことも。パン粉は、トンカツ特有のあのザクザクとした食感のために必要だと思いますが、小麦粉、卵は必要なのでしょうか?
先生 卵と小麦粉の両方とも大事な役割があり、どちらも欠かせないものです。加熱する前の生の状態の肉に直接パン粉をつけようと思ってもつかない。その間を取り持つのが、小麦粉と卵なんですよ。小麦粉には水分を吸収する性質があるので、肉にまぶすと表面の水分や脂分を吸います。水分を吸収すると粘り気が出てのり状になって肉をコーティングします。
溶き卵は、小麦粉をまぶした肉にまとわせるとパン粉がくっつきやすくなります。また、揚げると、卵白のタンパク質が熱により固まることで、しっかり肉と衣をつなぐのです。
――たしかに衣と肉が離れてしまっていると美味しさが半減します。では卵と小麦粉は接着剤のため?
先生 それだけではありません。食感や美味しさにも重要です。揚げ油に入れて加熱すると肉からうま味成分を含んだ肉汁が出てきますが、それを吸収して逃さないのが、のり状になった小麦粉。卵のほうは卵自体にコクとうま味があります。
揚げたてのトンカツを食べると、ザクザクとしたパン粉の食感の次に、卵と小麦粉の層がふわっとした食感を与え、最後に歯ごたえがある肉にあたる。トンカツは肉のうま味ももちろんですが、この歯触りも大きな魅力なんですよ。
――小麦粉ではなくサラッとした粉のかたくり粉ではだめですか?
先生 粉には、小麦粉の薄力粉が一番いいはずです。小麦粉には、水分と混ざると粘性と弾力性を併せ持つグルテンというものができるタンパク質(グリアジンなど)が含まれています。かたくり粉はデンプンだけで、そのようなタンパク質は含まれていません。
小麦粉の中でも薄力粉にはデンプンのほかに、グルテンタンパク質が8%ほど入っていて、この量が衣の食感にちょうどいいのです。タンパク質がもっと多く入っている強力粉では、粘弾性が強すぎて、油切れも悪く重たい食感になります。最近は、米粉を小麦粉代わりにしようと試みる人もいますが、グリアジンを含まないので、硬すぎてあまりお薦めできません。
――では小麦粉も卵もどちらも省略できませんね……。
先生 面倒くさいという人には衣づけの3ステップを2ステップにする方法があります。小麦粉と卵と水を混ぜておいたもの(バッター液という)を、一気に肉に絡め、パン粉をつけるという方法です。
――衣を美味しくする裏技はありますか?
先生 最近、若い人の間ではフライは厚い衣がはやりですよね。厚い衣が好きな人は、衣の2度づけをするといいですよ。バッター液+パン粉のサイクルを2回繰り返すと、衣にボリュームができます。衣も具のひとつという感覚ですね。
――最近は小麦粉と卵の代わりに、マヨネーズを肉の表面に薄く塗ってパン粉をつける人もいるようです。
先生 小麦粉を使わないのは驚きましたが、マヨネーズの中には卵も入っているし、酢の酸味が下味となるし、面白い発想かもしれません。料理の時間短縮にもなるので、お弁当作りにも適しているかもしれませんね。ただマヨネーズは約70%が油で、その油は分散し乳化しています。乳化していることで、油と水分が分離しにくい状態になっているのです。ですから、揚げ物にすると油切れが悪く普通の衣より油っぽいと感じるかもしれませんね。
――バッター液に水ではなく料理酒を入れる人もいます。
先生 いい方法だと思います。アルコールは、水よりずっと低い温度(約80度)で気化します。揚げたときにアルコールを含む水分が、速く揮発していき、サクサクッとした衣に仕上がるでしょうね。ただ酒独特の臭いと味が気になる場合は水で薄めて使うといいでしょう。
粉に少量の重曹を加えた場合にも油切れが良くカラリとしたサクサク感の強い衣になります。これは重曹が水と熱とで化学反応し炭酸ガスを出す際に、水と油との交代が速やかに起こり衣がカラリと揚がるのです。
結論:衣づけの工程は美味しさのためには、省けません