性暴力の被害に遭った時、ショックのあまり、警察への速やかな通報や産婦人科医での適切な処置に思いが至らない被害者は少なくない。被害者が相談しやすく、さまざまな機関を「たらい回し」にされることのないよう、複数の支援機関が連携した取り組みが、各地で始まっている。
◇休診日の対応課題
神奈川県警とNPO法人「神奈川被害者支援センター」は今年2月、同県産科婦人科医会と、性犯罪被害者への支援を巡って協定を交わした。互いに情報を交換・共有し、より適切な支援につなげるのが狙いだ。
例えば、「妊娠や性感染症が怖い」と病院に駆け込んでも、警察に被害を届け出ない被害者がいる。さらに、恥ずかしさから、医師にも被害を打ち明けない女性がいる。こうした女性の異変に医師が気付き、警察や同NPOでの支援内容をそっと伝えたり、本人の希望次第でその場で通報すれば「泣き寝入り」を減らせるとみている。
県警被害者支援室によると、これまでに少女が被害に遭ったケースなど少なくとも2件で協定の成果があった。少女は親にも被害を言えず、約1カ月後に産婦人科を受診し、警察に行くよう勧められたという。その後、被害届を出し、同NPOの無料カウンセリングにもつながった。
相互の連携を強めた結果、警察官に付き添われて医療機関を受診する被害者も増えた。警察にとって、証拠採取には医療機関の協力が欠かせないが、被害者の診察を快く思わない医師もいる。ふとした言動が被害者を傷つけたり、裁判への出廷を求められたりするなど、医師の負担が大きいからだ。今回の協定で、県内の65施設が「協力病院」に名を連ねた。
協力病院の一つ、横浜市中区の「女性医療クリニックLUNA・ANNEX(ルナ・アネックス)」では2月以降、性犯罪の被害者数人に対応した。いずれもあらかじめ警察から連絡を受けていた。
「こんにちは」。スタッフは被害者に向き合う際、「普通の対応」に心を砕く。「どうなさいました?」とは決して尋ねない。被害者が責められた気分になり、口をつぐむことも考えられるからだ。検査に関わることだけを淡々と、ゆっくり話しかける。同情は示さない。
被害状況は付き添いの女性警察官から別室で教えてもらう。その情報をもとに、傷を手当てしたり、加害者のDNAなどの証拠を採って保管したりする。槍澤(うつぎさわ)ゆかり院長は「警察との連携にあたって院内研修を開いた。同じ女性として被害者の力になりたい」と話す。
被害者支援を巡っては、現在、「ワンストップ支援センター」の設置が全国的な流れだ。警察などと連携した組織を病院内に設け、被害者が1カ所で治療と事情聴取、カウンセリングを受けられるようにする。10年度に大阪と愛知、今年度は東京と佐賀にオープンし、内閣府は今年5月に「開設・運営の手引」を作成した。
だが、センターの開設はたやすいことではない。拠点病院や運営団体、予算の負担など、なかなか決まらないのが現状だ。関係者によると、神奈川県でもセンター設置の動きがあった。だが、拠点病院が決まらなかった。一刻も早く被害者支援の体制を整えるため、現在の形を採ったという。
以前から警察と連携してきた「けいゆう病院」(横浜市西区)は、夜間や休日の当直中に多い時で月2件の被害者を診ている。昼間も合わせればさらに多く、スタッフの経験は比較的豊富だ。しかし、24時間体制の救急病院のため、警察署から連絡を受けた時に出産や緊急入院の対応に追われていることが多い。被害者を待たせることや、担当医師が男性ということも珍しくない。同病院産婦人科の中野眞佐男部長は「もちろん協力したいが、出産の拠点病院でもあり両立は難しい」と漏らす。
支援センターにこだわらない「神奈川方式」の利点は、地理的な利便性だ。性犯罪が起きやすい夜間は交通手段が限られるため、県内1カ所だけでは、たどり着くのが難しい被害者もいる。通院も続けやすい。一方で課題も多い。「LUNA」では、警察からの要請に応じられるのは診療時間中の午前10時~午後7時に限っていた。同様に、協力病院のほとんどが個人医院で、休日や夜間は休診している。医師が少ないため、急な出産が入った場合も被害者への対応は難しい。
また、いずれの場合も、運営を続けるには予算の問題が大きい。全国に先駆けてスタートした「性暴力救援センター大阪(通称SA(サ)CHI(チ)CO(コ))」は、運営費のほとんどを寄付でまかなっている。組織を置く阪南中央病院(大阪府松原市)が設立資金を一部負担したが、24時間体制のホットラインの運営費などは個人の寄付頼みだ。同センター代表の加藤治子医師は「被害者の心身の回復には息の長い支援が求められる。寄付やスタッフの情熱だけでは限界があり、公的な補助が必要不可欠。全国に質の高い支援拠点を設置するなら、なおさらです」と話している。
◇初診以外は自己負担
被害者は緊急避妊薬の処方や性感染症検査、場合によっては人工妊娠中絶の手術が必要になる。その費用は現在、公費でまかなわれている。自治体によっては無料カウンセリングなどの支援もある。
ただし2回目以降の受診費用は被害者の負担。妊娠やエイズなどの性感染症が見つかれば、精神的・身体的なダメージに加えて経済的にも非常につらい。また、警察への被害届提出を先に求める自治体もあり、被害者が加害者と顔見知りで届け出をためらった場合などに支援を受けられないケースもある。性暴力救援センター大阪が11年度に診察した性犯罪被害者119人のうち、通報したのは65人(55%)だけだった。さらに65人のうち24人(37%)は、「事件性がない」などとして公費負担を認めてもらえなかった。
一方で、ある産婦人科医によると、パートナーとの避妊に失敗した女性が被害を装って受診するなどの不正も起きているという。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20121031ddm013040013000c.html