[ カテゴリー:社会 ]

<特集ワイド>西新宿から4キロ2時間、「素人の乱」デモに参加した 「再稼働反対、再稼働反対!」鳴りやまないシュプレヒコール

◇自然発生だから広がる

◇言葉も交わさず醸される共感、楽しい感じに集う人々 視線の6割は好奇か好感

関西電力が大飯原発3号機の原子炉を再起動した1日、東京・新宿で催された「原発やめろ野田やめろ」デモに参加した。日曜日の夕方、あいにくの雨だったが、西新宿から歌舞伎町まで約4キロを2時間かけて歩くと、予想外の「発見」があった。【藤原章生】

「再稼働反対、再稼働反対!」。気に入った曲のフレーズのように、原稿を書いている今も、耳の奥でシュプレヒコールが鳴りやまない。ドイツ語辞典で調べると、シュプレヒコールとは演劇用語で大人数が朗読、朗唱することを指す。思想家の柄谷行人(からたにこうじん)さん(70)はデモを「動く集会」と解釈したが、「歩く合唱」と言った方が似合いそうだ。

主催は松本哉(はじめ)さん(37)。自身が営む東京・高円寺の雑貨店の名を使い「素人の乱」と名乗り、東日本大震災のあと5回呼びかけてきた。柄谷さんや社会学者の大沢真幸さん、法政大教授の田中優子さんら9人が賛同人に名を連ねる。私も趣旨に共鳴したので、取材だが家族で参加することにした。

午後4時、集会場の新宿中央公園に行くと、雨のせいか人は2000人ほどだ(主催者発表は8000人)。松本さんがマイクを握る。「世の中全体は『原発なくせ』なのに、6月8日の会見で野田(佳彦首相)は『原発は国民生活に重要な電源』と元に戻した。人のこと何も聞いてないんじゃないか? あんな態度されたら怒るでしょ? 今回は反原発だけでなく、変なこと言うヤツを引きずり下ろすため、『ふざけんじゃねえ』と民衆の怖さを見せつけてやりましょう!」

松本さんの魅力はリーダー然とせず、一見いいかげんっぽいところだ。この緩さは、私が最近まで駐在したイタリアのデモ指導者に通じる。昨年6月の脱原発国民投票の前後、ローマに20万人も集めた政治運動家、ジャンフランコ・マシアさん(51)も肩の力の抜けた人だった。「主義が人を集める時代じゃない。それよりも口コミ。あいつが行くなら俺もというつながりが大事。政治思想が先に立つと必ず失敗する。人の雰囲気が似てきて、後から来た人をバカにしたり、考えを押しつけたり。若い人はリーダーや組織化を嫌う」と話していた。

「素人の乱」はそれを心得てか、主張は単純明快、常連も「制服向上委員会」という名の美少女グループからグリーン政治家、知識人までごちゃ混ぜで、指導者が、がならない。「我々はー」という60年代の声色で引っ張ろうとすれば、参加を迷う人を逃がしてしまうと分かっている。

デモ2日前の記者会見で、こんなことがあった。6月22日以降、首相官邸前で盛り上がったデモを「60年安保以来」と評した柄谷さん。「国会だけが議会じゃない。デモは民衆が議会をやっているんですよ」と言葉に怒気が交じり始め、つい「我々はー」と、あの世代の口調になってしまったのだが、すぐ我に返って「あの……『素人の乱』と言います」と声を落とし、笑いを誘った。「柄谷さん、ここは一発ガツーンと」と促されるなど、会見を仕切る若者たちのマスコット的存在になっているのがほほ笑ましい。

先頭集団の「暴れたくて仕方ないブロック」の20列目に加わり、大太鼓、ブラスバンド、おはやしに合わせひたすら「再稼働反対!」と唱える役に徹した。始まって20分ほど、見物人の少ない都庁の辺りでは声もしぼみ、豆電球の目が光る野田首相人形だけがさみしく宙に舞う。

それでも、私の隣にいた30代の銀縁眼鏡の銀行員風の男性は一人静かに唱えている。「デモはデモでしかない」と分かっていても、口に出さずにはいられないというふうだ。気の毒になった私も普通の声で「再稼働反対」とハモったら、励まされたのか彼は少し声量を上げ、私もさらに上げる。雨脚が強まる中、ちょっと切ない気分で歩いていると、やがて黙っていた周囲の男女が1人2人と加わり、ギャラリーの多い新宿駅西口では大合唱となった。言葉も交わさない者同士が醸し出す共感――。結構グッとくるものがあることに我ながら驚いた。

もうひとつ面白かったのは、ギャラリーとの視線のぶつかり合いだ。携帯で必死に撮影する若いカップル。目を見開いて追いかけてくる5人組の男子中学生。植え込みからはい上がってきた日焼けしたホームレス。先回りして写真撮影を繰り返す鋭い目の私服警官、何だかうれしそうな外国人観光客……。普段は目を合わせるのもまれな新宿の群衆一人一人と視線を交える体験は、デモする側にいなければ味わえない。分かったのは、彼らの6割方が好奇か好感で見つめ、3割は硬い表情で無視を決め込み、反感を抱くのはごく少数ということ。あえて横づけしてきた右翼の街宣車が「反原発右派」と応援看板を見せ去っていった。

「少しこちらへ」「はみ出さないでください」と随分丁寧な警察官に誘導される。管理された幅の狭い行進だが、ギリシャやイタリアのように若者ならぬバカ者の乱入で投石、暴動になることは当面なさそうだ。

「このグループは楽しい感じなので来ました」と話すのは演劇評論家の高橋宏幸さん(33)。来るの面倒くさくない?と聞くと、「前はそうでしたけど、今はある種楽しいというか。デモが政治に直接影響を与えるとは考えづらいけど、意思をアピールできるデモ文化が日本にはありませんでしたから。安保世代は『再生』と言いますが、少なくとも今は、世界と同じようにデモが普通にある。それ自体がいいんじゃないですか」

ダンス理論専攻の大学准教授、武藤大祐さん(37)はツイッターなどで知り初めて参加した。「官邸前の映像を見て気持ちが動いて。デモが組織的になると私にはアレルギーがありますが、自然発生的なままなら今後もさらに広がる可能性、あると思います」

「日本人は変わった」と言うのは、路上から飛び入りした在日40年の米国出身の映画作家、ジャン・ユンカーマンさん(59)だ。「原子力ムラの存在がばれたのが大きい。企業や政治は汚く、政府がうそをつくとわかり、信頼をなくしたんです。そうなると市民は、自分でやるしかないという気になるんでしょう」

デモは歌舞伎町の花園神社に向かう道で突如終わった。「はい、終わり。止まらないで」と警察官に促され、ゴールデン街に続く暗い道に放り込まれた。主催者が「野田やめろ広場」と名付けた新宿駅前の一角に、とぼとぼ向かうと、車の上で福島瑞穂・社民党党首が「社民党は必ず脱原発を実現しまーす」と演説していた。

「なんだ政治家かよ」。誰かがそう漏らすと、ヌルヌルヌルというふうに興奮が一気に冷めた。

http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/education/20120704dde012040009000c.html

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