“日本はワクチン後進国だ”と言われる。今の日本のワクチン事情について、また、受けるべきワクチン、知っておくべきワクチン情報について、現役医師を中心に、Q&A方式で解説していく連載。今回は、毎年、4月~6月頃になると、その流行が取り沙汰される「はしか、風疹」について。ナビタスクリニック川崎・自治医科大学附属病院 感染症科 法月正太郎先生に解説してもらいます。
「子供の頃かかったんじゃないかな?」、「昔の病気なんじゃない?」、「大人はかからないでしょ?」。
こんなふうに、多くのビジネスパーソンは「はしか(麻疹)、風疹」を“たいしたことのない病気”だと思って軽く考えているかもしれません。実は、「はしか、風疹」は、ともにワクチンで防げる病気(Vaccine Preventable Disease/VPD)でありがなら、いまだに日本では排除されていない病気です。そして、軽く考えてはいけない病気でもあります。なぜか。
簡単に言えば、はしかは感染力が強く、命にかかわる病気。風疹は妊娠初期の女性が感染すると難聴、白内障、精神発達遅滞をきたす先天性風疹症候群の子供を出生する可能性がある病気だからです。
どちらも自身が病気になるだけでなく、感染すればほかの人に遷してしまう可能性が高い。この点で、ワクチンを打ち予防することは、ビジネスパーソンとしてのマナーと言えます。
皆さんはご自身のワクチン接種歴、ご存知でしょうか?
Q1 はしか(麻疹)、風疹とはどんな病気? その症状は?
はしかに特効薬はない! 2007年流行時は16歳~28歳の間で脳炎発症者も
はしかは、麻疹ウイルスを吸い込み気道粘膜から吸収されて全身に広がります。
罹患後、発熱、だるさなど、風邪やインフルエンザのような症状が出るまでに、8日から12日ほどかかります。その後、顔から首、四肢に広がる赤くて小さなボツボツした発疹に加え、39℃から40℃の発熱をきたします。多くの人はこの後に熱が下がり治癒しますが、中にはウイルス性肺炎や脳炎を合併し、後遺症を残してしまう人もいます。2007年に日本で流行が起きた際には、16歳から28歳の若者9人が脳炎を発症してしまいました。
現代において、日本を含む先進国であっても、致死率は0.1%ほどあると言われています。さらに、症状が良くなってから数年~10年経過してから、「亜急性硬化性全脳炎(SSPE)」という難病を発病するもあるのです。
また、はしかは、大人であっても十分にかかる可能性があります。特効薬は残念ながらなく、症状を和らげる治療が中心になります。
罹患しても無自覚で、妊婦に遷す可能性!?
風疹は、風疹ウイルスによって起きる、発熱と発疹をきたす疾患です。
ウイルスに曝露してから2~3週間ほどで突然の小さな淡く赤いボツボツやリンパ節の腫れ、発熱、関節の痛みなどをきたします。麻疹に比べて症状は軽く、3日ほどで発疹は消えて治癒します。
10~30%ほどは感染したとしても、無症状でかかったかどうか自身ではわからないこともあります。このため、風疹は別名“3日はしか”と言われることは、皆さんもご存知でしょう。
もちろん、脳炎をきたすこともあるため、麻疹同様注意しなければいけない疾患ですが、より注意すべき人は妊婦です。
特に妊娠初期に感染すると、胎児が風疹に感染し、難聴、白内障、心疾患や精神発達遅滞などを持った先天性風疹症候群を発症することがあります。このため、妊婦は風疹に曝露しないように、特に注意しなければなりません。これはすなわち、近親者はもちろん、妊婦に遭遇する可能性のある人なら誰でも、自分自身がたいしたことがないからといって、感染しても問題ないと考えてはいけないということです。いつどこで、妊婦が曝露してしまうかわからないのですから。
なお麻疹に対する特効薬は、はしかと同様にありません。
Q2 空気? 飛沫? 接触? どのように感染する?
はしかは空気感染、風疹は飛沫感染と呼ばれ、両者で感染のリスクが異なります。
はしか感染者1人で12~18人に感染!! マスクや手洗い、うがいで防げない!!
はしかの麻疹ウイルスは、粒子が小さく軽いため空中を漂います。感染力は非常に強く、たとえ遠くに離れていたとしても同じ空間や空調の共有によって感染する可能性があります。1人のはしか患者は12~18人の新たなはしか患者を生むと言われています。ちなみに1人の患者が発生させる新たな患者数は、インフルエンザで3~4人、風疹で6~7人です。
発熱や風邪症状、発疹が出る1日前から熱が下がってから3日間、はしかになった人はほかの人に感染させる力を持っています。症状が出る前から感染力があるため、学校や職場、公共交通機関などで気づかぬうちに多くの人に感染を広げていることがあります。さらに空気感染であるため、外科マスクや手洗い、うがいで防ぐことができません。
それに対し、風疹は飛沫感染といわれ、はしかに比べて粒子が大きいため空気中にただようことはありません。同じ部屋にいたとしても、離れていれば感染することはありません。このため、マスク着用や手洗い励行で感染を予防することができます。
Q3 予防できるの?
前項の通り、はしかは、空気感染するため、マスク、手洗い、うがいを行っても防ぐことができません。
唯一の手段が予防接種です。予防接種は、はしか、風疹ともに非常に有効な予防手段ですが、1回だけでは十分に予防できないことがあります。このため、世界的には、MMRワクチン(はしか、おたふくかぜ、風疹の三種混合ワクチン)を2回接種することが推奨されています。
2回接種の理由は[1]1回目の予防接種で十分な免疫がつかなかった人に対する効果[2] 1回目の予防接種から時間が経過し低下してきた免疫をもう一度呼び覚ます効果がある からだとされています。
風疹は、飛沫感染であり、はしかほど強い感染力はなく、症状も軽いことが多い点はこれまで述べた通りです。しかし、逆に無症状のこともありうるため、気づかぬうちに妊婦に風疹を感染させてしまう可能性があります。生まれてくる赤ちゃんが障害をもつ先天性風疹症候群にならないようにするために、妊娠を望む女性はもちろんのこと、妊婦に風疹を感染させないためにも、男性の予防接種がとても大切です。
はしかも風疹も1度感染すると基本的に2回目の感染はありません。このため、1度かかったことがある人には予防接種の必要はありません。
しかし、本当にはしかや風疹にかかった事があるのかあいまいなことも多く、確認する必要があります。採血検査で過去に感染していたのか簡単に調べることができますが、あいまいな場合には予防接種してしまうのも手です。
たとえ子供の頃にかかっていたとしても、予防接種することに問題ありませんし、3回以上予防接種したとしても問題ありません。2回の予防接種がはっきりしない場合も、検査や予防接種をすべきでしょう。
Q4 MRワクチンとは? その副作用は?
MRワクチンは、はしかと風疹の両方に対して免疫力をつけることができる予防接種(麻しん風しん混合ワクチン)です。
生ワクチンは弱毒化し病原性を弱めた微生物を元に作られたもので、不活化ワクチンに比べてより強くより長く免疫力を維持することができます。ただ、生きている病原体を使用するため、妊婦や免疫力が低下した人、免疫力を低下させる薬剤を内服している人は接種することができません。これらに当てはまる人は医師と十分に相談して予防接種をしましょう。
女性は、接種前1カ月と接種後2カ月間、避妊をする必要があります。
また、副作用として重篤なものは、非常にまれですがアナフィラキシーで呼吸困難になったり、血圧が低下したりすることがあります。接種直後30分以内に副作用を起こすことが多いため、その時間は医療機関にいるようにしましょう。
10日後に発熱や発疹をきたすことや蕁麻疹を起こすことがありますが、通常、数日で改善します。そのほか脳炎が100~150万回に1回、血小板減少が100万回に1回起こるとされています。
Q5 どうして先進国であるはずの日本で流行しているの?
ワクチン業界において、日本は先進国とは言えません。唯一の予防手段であるワクチンが十分に接種されていないためです。
WHO(世界保健機関)では、はしか患者を抑え込むには、95%以上のワクチン接種率を保つべきだとしています。排除のためには、さらに、麻疹(はしか)・風疹ワクチンを2回接種することが必要です。
年長者で2回のMRワクチンを打っていない人々が危険
世界的にはワクチンによりはしかは減少しつつあります。米国、カナダ、お隣の韓国では、はしかの排除宣言がされています。
日本では、1966年に不活化ワクチンと生ワクチンの併用による麻疹ワクチン接種が開始。1969年より高度弱毒麻疹の生ワクチンに切り替えられ、1978年10月より定期接種に組み込まれ、接種率は上がりました。しかしながら、地域差が大きかった上に、2回接種が初めて開始されたのは、2006年になってからのこと。
はしかの流行地域では、1回のワクチン接種だけでも免疫が維持されます。理由は、症状は出ないものの、知らず知らずのうちに曝露される機会があるからだと考えられています。かつての日本もそうでした。しかし、1978年から定期予防接種が開始され、周囲からはしか患者が減ってきて曝露する機会が低下すると、高校生や大学生といった年長者の中で、はしかに対して免疫力が低下した人々が現れるようになりました。そこにはしかの曝露を受けると、1回目の予防接種の効果が薄れ感染し、発病してしまいます。
つまり、特に年長者で2回のMRワクチンを打っていない人々が危険なのです。
2007年には高校生、大学生を中心とした流行がおき、学校が休講になるなど社会問題にまでなりました。このときのアウトブレイクの原因は ・ワクチン接種率の問題 ・2回接種が十分に行われていなかった点 ・保健所で、はしか発症の全例を把握しておらず、早期からの介入ができなかった点と考えられました。これを踏まえ、国は2012年までにはしかを排除させるキャンペーンを開始。2008年から2012年にかけて1回しかMRワクチン接種がされていなかった中学生から高校生へのキャッチアップが行われ、はしかを診断した医師はすべて保健所に届け出ることを義務付けることで、速やかな接触者の洗い出しと封じ込め作戦を行いました。
2回のワクチン接種を定期予防接種として行っていないビジネスパーソンが危険
残念ながらキャンペーン目標の2012年現在、排除には至っていませんが、はしか輸出国と世界から非難されていた2007年に比べると、はしか患者の報告は大幅に減少し、国内由来ではなく、海外からの輸入例も増えてきました。これはつまり、2回のワクチン接種が効果を示してきているからだと考えられます。
だからこそ、現在、もっとも危険なのが、2回のワクチン接種を定期予防接種として行っていないビジネスパーソンです。2011年報告の約半数は成人発症でした。世界には、はしか流行国も多く、2011年にはヨーロッパで流行も起きました。海外出張で、はしかをおみやげに持って帰ってくることも十分に考えられます。海外ではしかに発症した場合、感染拡大防止のために本人はもちろん、同行者も移動を制限されることがあります。海外渡航前にMRワクチンを含めた予防接種が必要です。
風疹は34歳以上の男性は定期予防接種歴なし! 25~33歳の男女は低予防接種率
風疹も同様のことが言えます。
風疹の予防接種は1976年から接種が開始され、1977年8月から中学生の女子限定で定期予防接種が開始されました。
1995年からは風疹そのものの流行を抑えることを目標に、生後12~90カ月未満の男女に定期予防接種が開始されました。このため、移行期間である人々は予防接種していない可能性があります。
34歳以上の男性は定期予防接種を受けておらず、25~33歳の男女は、法律の変わり目のために予防接種率が低くなっています。まさに、働き盛りのビジネスパースン世代が風疹の予防接種率が低く、風疹への感染が危惧されています。さらに現在、風疹患者が増加しており、全例把握が開始した2008年以降もっとも多い状況になっており、一層の注意が必要です。
働き盛りの世代は法律の境目、だから予防接種歴の確認を!
はしか、風疹ともにワクチンで防げる病気であり、これらの排除に成功した国々もあります。
若い世代は2回のMRワクチンを行なっていますが、今まさに働き盛りの世代は法律の境目であり、予防接種歴がはっきりしないことも多いのが実情です。
他人に感染させてしまう前に今一度、母子手帳を確認し、2回の予防接種歴があるか確認しましょう。はっきりしない場合には、ぜひクリニックへの受診をおすすめします。
(文/ナビタスクリニック川崎・自治医科大学附属病院 感染症科 法月正太郎)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120703-00000001-trendy-soci