◇日本と外国で違う法規制 輸入企業も情報に疎く
「セルフクローニング」という遺伝子組み換え技術で作られたビタミンB2が、無審査のまま流通していたことが分かり、厚生労働省が昨年12月から輸入・販売を禁止している。「セルフクローニング」の法規制が日本と海外で異なるため、輸入業者は厚労省に審査を申請していなかった。結果的に「安全性に問題はない」とされたが、組み換え食品の安全審査を巡る混乱に、専門家からは「国は分かりやすく消費者に説明すべきだ」との声があがっている。
問題になったのは、ビタミンB2である「リボフラビン」。食品添加物として着色料や栄養強化剤などに広く使われ、カスタードクリームやケーキ、栄養ドリンク剤の淡い黄色もリボフラビンによるものが多い。
今回、ドイツに本社を置く化学メーカー「BASF」社が製造し、同社の日本法人が輸入。生産効率を高めるため、セルフクローニングで遺伝子を組み換えた微生物を製造に用いていた。
セルフクローニングは、同一種の微生物同士で遺伝子をやりとりする方法。リボフラビンを効率的に生成する遺伝子を微生物から取り出し、同種の微生物(宿主)に電気的な圧力をかけて導入する。大豆やナタネなどの組み換え技術のように種の異なる生物の遺伝子を組み入れるのと異なり、外来でない同一種を用いるのが特徴だ。
遺伝子組み換え問題に詳しい筑波大遺伝子実験センターの鎌田博教授によると、同種の微生物同士では自然界でも遺伝子のやりとりが起きるため、人工的に組み換えたものと判別しにくいという。
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セルフクローニングの規制は、国際的には緩やかだ。国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)の下部組織「コーデックス委員会」は、セルフクローニングで生まれた微生物を遺伝子組み換え体とみなさず、リスク評価の対象にしていない。ドイツでも、技術データの提出や安全性の審査を課していない。
一方、日本は01年4月から、食品衛生法に基づき、組み換え技術を用いた食品や添加物に安全性の審査を義務づけ、データの提出を求めている。内閣府・食品安全委員会が04年、「セルフクローニングかそれと同等の方法と判断した場合には、安全性評価の対象とはせず、既存の添加物として扱う」との評価基準を定めたが、セルフクローニングに該当するかを含め、個々の品目で審査の手続きが必要になる。BASF社は「ドイツでは法規制がなかったので、日本でも安全性評価が必要とは認識していなかった」(広報担当者)と説明する。
食品安全委は厚労省の諮問を受け、リボフラビンの健康影響評価を行い、2月に「組み換え微生物に外来の遺伝子はなく、安全性の評価は必要ない」との評価結果案をまとめた。リボフラビンは近く、既存の添加物扱いになり、輸入・販売も再開される見通しだ。
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同様の問題は昨年12月、うま味調味料に使われる2種類の添加物でも起きていた。韓国の「CJ」社が製造したが、韓国でもセルフクローニングによる添加物は審査が不要。輸入していた日本国内の11社が国に申請していなかったことが分かり、安全性が確認されるまで約3カ月間、輸入・販売が禁止された。複数の企業が「組み換え微生物でつくられた添加物とは知らなかった」とし、企業側も法的規制に疎い実情が明らかになった。
また、パンの改良剤に使われる酵素「キシラナーゼ」(BASF社)も、セルフクローニングによる組み換え微生物でつくられた添加物と分かり、今後審査される予定だ。
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一連の問題があったものの、関係企業や国はセルフクローニングの実態など詳細を明らかにしていない。食品などのリスクコミュニケーションを専門とする「リテラジャパン」(横浜市)の西澤真理子代表は「多くの消費者が組み換え微生物や添加物のことを知りたくても、当事者の企業でさえ、説明責任を果たしていない」と積極的な情報提供を企業に求める。
冷凍パンに適した冷温に強い酵母など、組み換え技術を応用した添加物や医薬品は世界各国で開発され、流通している。現に、セルフクローニング法かそれと同等の方法で開発されたアミノ酸や酵素など約40種類が、すでに日本国内のメーカーでも製造され、安全性の審査を経て流通している。
今回のような問題は今後も起きる可能性が高い。ネット上で食品の科学的情報を発信している消費生活アドバイザーの森田満樹さんは「組み換え微生物でつくられた添加物や医薬品の安全性をどう考えたらよいか、参考になるデータが少ない。素人の消費者でも理解できるよう、国はウェブサイトに組み換え微生物と添加物に関する分かりやすい解説を載せてほしい」と訴え、食品安全委員会や厚労省に的確な情報発信を求めている。
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◇遺伝子組み換え食品
害虫に強いなど特定の機能をもった遺伝子を人工的に組み入れた作物や、これを原料にした食品。組み換え微生物に作らせた食品添加物のように、組み換え体そのものを食べない場合も含まれる。
遺伝子組み換え作物は日本で現在、大豆やトウモロコシなど7作物が承認されている。96年以降、米国やカナダなどから輸入され、国内の家畜のえさや食用油の大半が組み換え作物になっている。国内では商業栽培は行われていない。表示のあり方や生態系への影響を巡り議論が続いている。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20120405ddm013100013000c.html