いよいよ4月。新たな出会いが待つ職場や学校では、弾んだ会話でスタートしたいもの。「でも口べただし」と悩んでいる人も、大丈夫。気持ちの切り替えや表情など、会話を弾ませるコツがあるらしい。
◇口角上げニコーッと/「そうそう」と共感/空っぽなお世辞はいらない/気を利かせて話題探そう
「会社で話をすると嫌な気持ちになる人はいますか」。東京・新橋の駅前などでサラリーマンに声をかけた。無責任な上司、口うるさい同僚などが挙がるなか、江東区に住む男性(27)は嘆いた。「飲み会で、つまらない武勇伝を自慢する先輩がいるんです。『電車の中で人とぶつかってトラブルになったけど、負けなかった』みたいな話で、みんな仕方なく、黙って聞いています。僕はその先輩にあまり近づかないようにしています」。やっぱりいるんだなあ。
人材育成会社代表取締役の和田裕美さんを訪ねた。東京、大阪でコミュニケーション講座を開いている。まず嫌われるパターンは何ですか? 「自慢ばかりする人やカラオケのマイクを奪うように、自分の話題に持っていこうとする人です」。例えばこんな会話だ。
「この前、映画を見に行って、楽しかったんだ」
「僕も最近見たけど、このごろの映画ってろくなのがないよな」
「先に話した人は内容を話したかったはずなのに、きちんと聞かなかった上、話題まで否定している。これは嫌われます」と和田さん。「聞き流すのもよくありません。つまらなそうな表情が相手を嫌な気持ちにさせるのです」
表情もメッセージ。何を話すかの前に、話すための「空気づくり」が大事なのだ。ポイントは笑顔。「『ニコッ』でなくて『ニコーッ』というくらい口角を上げましょう」。言葉通り、ほほ笑み光線をキラキラさせる和田さんに影響され私も「ニコーッ」。使い慣れぬ顔筋がギシギシ鳴ったが「その方がずっとすてき」とフォローされた。
「人は、自分に好感を持ってくれる人を好きになりやすいんです。だから、心の中で『好き』『好き』と思いながらニコニコしていれば、好かれる可能性が広がります」
話を聞く姿勢も大切。「共感しているときは『そうそうそう!』と表情などで伝わるようにしましょう。納得している感じが伝わると、もっと乗って話してくれます」
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なんだか、聞き方もかなり大切みたいだ。で、今度は「聞き方」のプロを訪ねた。
泣く子も黙る東京地検特捜部の元副部長、堀田力弁護士(77)。法廷ではその緻密さで「カミソリ」と呼ばれたが、自称は「仏の堀田」だ。
検事時代は何千人もの容疑者と話した。「取調室では、容疑者から『この人には本当のことを話しても大丈夫だ』という信頼感を得ないといけません。うんうんと全部聞いているのだから仏みたいなもんです。容疑者の言い分には、勝手な理屈もあるが、なぜそんな発想をするかは聞いてみないと分からない。取り調べは『容疑者の心の琴線を鳴らせ』と言われますが、聞かなければどこが琴線かも分かりません」
容疑者にはよくこう言った。「いいかどうかは別だけど、その時の君の気持ちは分かるよ」。共感するかどうかは別だが、理解はしたよ、と。容疑者の態度は変わった。
約20年前に退官し、ボランティア活動に転身したとき、かつて買収の選挙違反で調べた男性が事務所を訪ねてきた。更生した男性は多額の寄付をしてくれた。男性は言った。「堀田さんはあの時、『苦労したでしょ』と言ってくれたんです」。それで自白したという。「罪を犯した背景にはいろいろなしがらみがあったはずです。だから、その言葉が男性の心をとかしたのではないでしょうか」
ちなみに、取調室で容疑者が笑うことはあるんでしょうか? 「刑に服する覚悟をして、本当のことを言った後ですね」。「親は怒っているでしょう」と心配する容疑者を「立ち直った姿をみせれば喜ぶはずだよ」と励ます。表情が和らぐのはそんな時という。
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いい笑顔、聞く姿勢。ではもう一段、会話を弾ませるにはどうすればいいのか。
和田さんは言う。「会話が弾まない典型的なパターンは、どちらかが遠慮している場合です。質問したらばかにされないかな、失礼じゃないかな、と」。例えば、
「○○の新刊読んだよ」
「へー、そうなんだ」(内心=その作家知らないな。でも、聞いたら無知と思われるかな……)。
質問しないから盛り上がらない。「どんな本なの」と素直に聞けば、会話は広がる。
ほめ言葉も有効だ。
「日常の中で目についたことでさらっと言える言葉はたくさんあると思います。『あいさつが元気あっていいね』『○○さんのいれたコーヒーっておいしいな』とか」。ポイントは気付いた瞬間に言葉にすること。「『昨日の夕食のカレーはおいしかった』と今日の夕食の席でいうと、今日はおいしくないみたいでしょ。実感した時伝えれば自然なんです」
ただし「空っぽのお世辞を言ったって話にならないでしょ」。きっぷのいい会話を教えてもらいにきた東京・浅草のそば店、おかみさんの冨永照子さん(75)にあっさりそう言われた。冨永さんは協同組合「浅草おかみさん会」理事長を長年務めている。
会話術と言うと「今の若い人はそんなことまで勉強しなくてはいけないのかねえ」。初対面のお客が相手でも「どちらから」で始まって話が続くという。「喜んでもらえる一言は」と問うと「ケース・バイ・ケースよ。私はあなたに『すばらしい字ですね』と言える?」。広げた取材ノートにはミミズが引きつけを起こしたような文字が並んでいる。
なるほど。では大事なことは? 「気が利くこと。たばこを吸いそうなら、マッチ、灰皿。会話だって何を話題にしたらいいか察知できないと」
冨永さんの顔を見るのが楽しみなお客さんは多い。常連さんとはこんな会話で盛り上がっていた。
「おかみさん、AKBだね。あさくさババアだ」
「言うわね。あたし、自分からAKBと言おう!」
やっぱり、気取らない会話が一番だなあ。
笑顔も言葉も気持ち次第。春だから、変わろう。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20120402dde012040009000c.html