東日本大震災の教訓を活かし、次につなげる地震対策
第3回 地震対策(1):ハード編
小林俊介 こばやししゅんすけ
東京海上日動リスクコンサルティング株式会社
ビジネスリスク事業部 事業継続グループ主任研究員
地震発生後、まず心がけることとは、「自らの身を自ら守る」ことである。いざという時に適切な行動が取れるように、普段から地震災害に対する心がけが重要である。
[図表1]は地震発生後の行動の例を示している。「 地震動を乗り切る」にあるように、大きな揺れを感じたら、建物の損壊や周囲からの転倒物、落下物などから身を守ることが最優先となる。東日本大震災では、震度6弱を観測した仙台市宮城野区において約170秒、いわき市小名浜では約190秒、震度5強を観測した東京大手町(気象庁)でも130秒の揺れが観測された(いずれも震度4以上の揺れが観測された時間)。
※上記データは、気象庁「平成23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震時に震度計で観測した各地の揺れの状況について」(2011年3月25日)による。
気象庁HP: http://www.jma.go.jp/jma/press/1103/25a/kaisetsu201103251030.pdf
今後、東日本大震災クラスの大規模地震を想定するに当たっては、およそ2~3分間は強い揺れに見舞われることを想定する必要がある。その次に、「 火災から逃れる」ため、身の安全が確保できる状態であれば火の始末を行い、無理な場合は自分がいる建物で発生した火災や避難経路の周囲で発生した火災から身を守る。海岸近くのように、津波の危険性がある地域に立地する企業であれば、「 津波から逃れる」ために、高所(近隣の高台、あるいは堅牢な建物の高層階)への避難へ行動を移す必要がある。
これらの行動の実効性を高めるためには、繰り返し訓練を行ってこれらの行動を身につけることが肝要であるが、災害が発生する前にできること、つまり建物の倒壊を防ぐ、あるいは設備・什器の転倒や落下を防ぐ、などの事前対策を施しておくことも重要である。そこで本項では、地震対策としてのハード面についてまとめるものとする。
1 建物の耐震性の把握
企業のハード面での対策として最初に着目すべきは自社の建物の耐震性であろう。特に自社の建物が今後想定される大規模地震に対して耐え得るかを把握する必要がある。建物の耐震性を確認する上では、過去の地震災害での被害状況を参考とすることが望ましいといえる。[図表2]は1995年の阪神・淡路大震災での神戸市中央区内のある地域の鉄筋コンクリート造建物を、建築年度別に分類した調査結果を示している。
この[図表2]では、1971年以前、1972年~1981年、1982年以降の三つの建築年度別にその被害状況が分類されており、建築年度が新しくなるごとに被災棟数が急減していることが分かる。特にその傾向は、「倒壊または崩壊」あるいは「大破」と判定された建物に対して顕著に表れている。
この被害の傾向は、建築基準法の改正とも関係していると考えられる。[図表3]に建築基準法による耐震基準の推移を示している。過去の大規模な地震災害の発生により建築基準法が改正されてきたことが分かるが、それぞれの年代の耐震性についてみると、鉄筋コンクリート造りの場合は以下のような特長がある。
◆1970年12月以前の着工
柱の帯筋の間隔が粗く(30cm以下)、柱の粘りが乏しい。
◆1971年1月~1981年5月の着工
柱の帯筋の間隔の規定が15cm以下(針の上下端から柱の小径の2倍以下の部分は10cm以下となっているため一般的には10cm以下)となったが、大地震に建物がどの程度抵抗するかの検討がなされていないため、建物の骨組みの形式によっては大きな被害が発生するおそれがある。
◆1981年6月以降の着工
震度5弱~5強程度の地震では建物の継続使用が可能、震度6強では建物を倒壊させない設計をしているが、ある程度の被害は免れない。
1981年からの新耐震設計の内容とは、それまでの中地震(おおむね震度5弱)を対象とした設計から、(1)比較的頻度の高い中地震に対する1次設計、(2)極めてまれに起こる大地震(おおむね震度6強)での建物の崩壊防止を検討する2次設計、といった2段階での設計が取り入れられた。[図表4]に示すように、新耐震設計では、震度6強(地震動加速度でおおむね300~400gal)によっても建物を倒壊させない強度を確保することとなっている。このように建物の着工の時期が、1981年5月以前か、同年6月以降であるかによって、建物の耐震性が大きく変わってくる可能性がある。したがって、まずは自社の建物の着工年度がいつであるかを確認することを推奨する。
前掲[図表2]に示した、阪神・淡路大震災での建物の被害状況からも、地震災害においては建設年度の古い建築物ほど大きな被害が生じている傾向にあるが、比較的軽微な被害となった古い建物も多く見受けられる。地震対策の第一歩として、自社の建物における耐震診断を行い、自社の建物がどの程度の耐震性能であるかを把握することが重要である。その上で、建物における耐震性が乏しいと判断された場合には、お客様および従業員の安全確保の観点からも、必要となる建物補強(例えば、筋交いやブレースの補強等)を実施することが肝要である。
2 天井材の落下について
建物の内部は天井材や間仕切りのような2次部材によって構成されている。このうち天井については、建築基準法施行令(第39条)において「屋根ふき材、内装材、外装材、帳壁その他これらに類する建築物の部分及び広告塔、装飾塔その他建築物の屋外に取り付けるものは、風圧並びに地震その他の震動及び衝撃で脱落しないようにしなければならない」と定められているが、明確な強度に関する基準は定められていないのが現状である。
国土交通省では、「大規模空間を持つ建築物の天井の崩落対策について(技術的助言)」において、「地震時に天井材の水平方向の慣性力により、天井材に局所的に大きな力が作用し損傷につながるおそれがある」「天井面に凹凸、段差、設備などを設ける際に天井の下地を局所的に補強した場合や、補剛材の設置バランスが悪い場合等において、天井面の水平方向震動に対する剛性が著しく高い部分と低い部分とが生じ、地震時にこれらの接続部分に局所的な力が作用して損傷が生じるおそれがある」と提言している。
東日本大震災では、東北地方のみならず首都圏においても多くの建物において、前述のような天井部材の落下による被害が見受けられた。現在の自社のオフィスエリアにおいて天井材の落下危険箇所がないかを確認することも必要であろう。落下防止策の考え方としては、構造体と天井材の間にクリアランスをとる、天井材の吊ボルトにブレースを設ける(振れ止め)、剛性の異なる部分には構造的にクリアランスをとる等の措置が必要とされている[図表5]。
3 設備・什器等の転倒・落下防止について
職場における身近な安全対策とは、設備・什器類の転倒・落下防止であるといえる。本章では、職場において発生し得る被害状況を想定した、オフィスでの対策について検討したい。地震によって、オフィスにおいて起き得る現象には以下のようなものが考えられる。
◆キャビネット・ロッカーなど什器の転倒、移動
周囲にいた人に対する直接的な被害、避難通路の障害、火気使用器具の損傷による火災発生の可能性 など
◆キャビネット・ロッカーなど什器の変形
収納物の移動、落下、破損 など
◆キャビネット・ロッカーなど什器の収納物の落下、飛び出し
周囲にいた人・物への直接的な被害、収納物の破損、避難通路の障害 など
◆扉の開閉、パーティションのズレなど
人への危害、発音による心理的影響、避難通路の障害 など
このようにオフィス内には、地震発生時に凶器となり得るような要素が潜んでいる。特に、重量物の落下および飛散などは人へ大きな危害を及ぼす可能性がある。また、落下物や飛散物によって、通路が絶たれて避難行動にも支障をきたすことも想定される。これらのオフィス内の設備・什器に対しては、[図表6]に示すような転倒防止対策が一般的である。キャビネット・ロッカーをL字状の金具により壁へ固定、机を床にアンカーボルトで固定、パーティションをH字型に組み合わせて強度を確保、OA機器の固定、などはすぐにでも取り組める対策であるといえる。
また、東京消防庁では、[図表7]に示すような「オフィス内の転倒・落下防止対策チェックリスト」を公表している。このようなチェックリストを用いて、自社の職場内において、危険箇所の有無ないし転倒・落下策の実施状況をまずはチェックし、対策が不備である箇所を洗い出すことが第一である。その上で、対策が脆弱(ぜいじゃく)な箇所への対策実施が肝要である。
4 通信機器・情報システム等について
東日本大震災においては、通信機器や情報システムにおいて以下に示すような被害や影響が起きたことが確認されている。
◆電話(固定電話、携帯電話等)
通信規制に伴うつながりにくさ、携帯電話基地局の損傷 など
◆安否確認システム
通信規制に伴うつながりにくさ、メールの送信遅れ など
◆情報システム
サーバーの転倒、破損、津波による流出、システムダウン、バックアップの紛失 など
◆データの紛失
マスターデータ(紙媒体)の汚損、流出 など
これらの事象を参考に、今後の地震対策を考えたい。まずは通信機器についてであるが、前述のように、今回の震災では、固定電話、携帯電話での通話のつながりにくさや、携帯メールでの送受信に時間を要するなどの事態が発生した。通信の混雑は災害発生後の状況により変化することが想定されるため、一つの通信機器だけに頼ると連絡手段を絶たれる可能性が高まる。したがって、企業としては複数の通信手段を確保することが肝要である。被災時の通信インフラの状況に応じて柔軟に通信手段を使い分けることができるよう準備をしておく必要があろう。
次に情報システムのサーバーや端末、ネットワークハブといったハードウエアの物理的な被害を防ぐためには、設置状況を確認した上で、ハードウエア機器自体に耐震固定を施したり、サーバーラックなどを免震装置上に設置する、などの対策が行われている。また、全社共通のコミュニケーションツールであるメール、Web、イントラネット(社内掲示板)や、基幹システムのような重要性の高い情報システムについては、堅牢性の高いデータセンターへの移設や停電対策の実施が行われている。また、システムやデータの重要度に応じてバックアップの方法を検討する必要がある。さらに、一定期間はシステムが停止した場合に備えて、特定の業務の手順書を用意しておくことも合わせて検討されたい。
以上は事前対策の例であるが、事後対応についても触れたい。情報システムのハードウエアの汚損、HDD・テープ等の記録内容の復元や水没した書類の復元(真空凍結乾燥等)を専門に行う業者がある。このような業者を活用し、業務に必要なデータを取り出すことも一案である。
サーバーや端末などのハードウエアおよび情報システムは、業務を実施するための『手段』である。企業全体のBCP策定において重要業務を選定し、これらの業務に関するITの対策を検討することが望ましい。また、組織の存続に必要不可欠となる記録や文書等の情報資産(バイタルレコード)を特定し、その対策を検討する必要がある。繰り返しになるが、技術論に偏った対策ではなく、ユーザー側(各部門)における重要業務に応じた、情報システムへの対策が必要である。
小林俊介 (こばやししゅんすけ) Profile
東京海上日動リスクコンサルティング(株)
ビジネスリスク事業部 事業継続グループ
主任研究員
1976年生まれ。1998年自動車部品メーカーに入社。生産技術部門において生産設備企画・工程設計業務に従事。2006年東京海上日動リスクコンサルティング(株)入社、現職。自動車、自動車部品、電機、機械、製薬、食品、印刷業、小売業などにおいて自然災害および新型インフルエンザを対象とした事業継続マネジメント(BCM)構築コンサルティングを担当。2008年東京農工大学大学院技術経営研究科修了、技術経営修士(専門職)。
http://news.goo.ne.jp/article/jinjour/bizskills/jinjour_53250.html