過去に「母乳にダイオキシンが含まれている」とセンセーショナルな報道がなされ、大変な騒ぎになったことがありました。昨年は、「母乳から微量の放射性物質が検出された」とのニュースに、赤ちゃんのいるお母さんたちが不安にかられました。どちらも、赤ちゃんへの健康影響が心配される量ではありません。一方、母乳からの感染で発症する白血病の存在はあまり知られていません。
一昨年から、妊婦検診の項目にHTLV1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)の検査が加わりました。このHTLV1というウイルスは、白血球のなかでも「Tリンパ球」に感染し、「成人T細胞白血病」の原因となります。最近では、旧厚生省の官僚から宮城県知事になった浅野史郎さんがこのタイプの白血病を発症して骨髄移植を受け、話題となりました。
このウイルスは、ほとんど母乳を通じて感染します。世界では1000万~2000万人、日本では約110万人がHTLV1に感染している「キャリアー」です。この感染は一種の「風土病」といえるもので、国内のキャリアーの約半数は九州・沖縄の在住者でした。東京に患者が少なかったためか、浅野氏の古巣の旧厚生省も十分な対策をしてきませんでした。その結果、ウイルスは全国に拡散してしまい、関東のキャリアーの数は過去20年で1・5倍に増えました。
キャリアーの人が白血病を発症する率は約5%、「潜伏期間」は平均50~60年です。感染から40年以上たつと、1000人の感染者のうち年間1人が発症します。この割合は、たばこを吸う人が肺がんになる確率とほぼ同じです。発症した場合の死亡率は高く、毎年約1000人が成人T細胞白血病で亡くなっています。
キャリアーのお母さんが長期間母乳を与えた場合、赤ちゃんへの感染率は2割程度です。母乳による感染を防ぐためには、粉ミルクにするのが一番確実です。生後3カ月までで授乳をやめれば、感染率を3%くらいに下げることができます。
ただし、母乳は赤ちゃんの発育にプラス面も多くあります。放射線被ばくもそうですが、過剰な心配がマイナスを招くこともあります。HTLV1が検査で陰性であれば安心して授乳してください。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/medical/20120219ddm013070042000c.html