◇語り継ぐ大切さ
献花台の向こう側には、中越地震(04年10月23日)で山から崩れ落ちた巨岩がそのままに残る。土砂崩れに車ごと巻き込まれ、4日後に当時2歳だった男児が奇跡的に救出された現場跡に整備された妙見メモリアルパーク(小千谷市浦柄)。現場に立つと、改めて地震の経験を語り継ぐ大切さを感じる。
中越地震から7年の今年10月、地震の記録や教訓を伝える拠点として、同パークを含む公園や施設7カ所のうち、6カ所がオープンした。中越メモリアル回廊と位置づけ、来訪者に巡ってもらい、地震を記憶にとどめてもらう狙いだ。「長岡震災アーカイブセンター きおくみらい」(長岡市)は床に中越地震発生数日後の航空写真が張られ、多機能携帯端末「iPad(アイパッド)」を手に歩くと、画面上で被害状況などの資料が表示されるユニークな仕組みだ。
今秋、中越地震の被災者らを取材した際、よく耳にしたのが、「もう7年か」という言葉だ。被災者らにとって、地震の記憶はまだ生々しい。
一方で、復興は進み、被災地を歩いてみて地震の爪痕を感じることは難しい。だからこそ、中越メモリアル回廊の意義はある。
阪神大震災(95年)では、モニュメントは設置されているが、地震の記憶を語り継ぐためのまとまった施設はなかった。中越メモリアル回廊は今後、災害の記憶を伝える施設として、被災地のモデルケースになるだろう。全エリアを説明できるガイドの養成も考えているといい、地域活性化にもつながる。東日本大震災の復興に向けた役割も期待される。
地震に限らず、取材を通じて記憶の継承の大切さを痛感することは度々ある。
太平洋戦争末期の長岡空襲(1945年8月1日)も、空襲体験者の高齢化と共に、空襲の実相を若い世代にいかに伝えるかが課題だ。今夏、長岡空襲を背景にした映画「この空の花--長岡花火物語」を大林宣彦監督が撮影。空襲で実際に赤ちゃんを亡くした体験を基に話が展開する。来春公開される予定で、映画を通じて平和の大切さが伝わってほしいと切に願っている。
長岡震災アーカイブセンターを見学した女性(80)は、長岡空襲を経験し、中越地震で被災した。「若い子どもらに伝えることは大事よ」とつぶやく女性の言葉が耳に残った。
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