「節目は6月14日だったと思う」。名古屋市名東区の中学2年、服部昌己(まさき)君(14)が10月、母親(38)の交際相手の酒井秀志容疑者(37)に暴行されて死亡した事件。同市中央児童相談所(児相)の職員が毎日新聞の取材に語った。虐待を疑う児相への通報は6月以降計5回あり、昌己君を保護する機会は何度かあった。なぜ虐待死を防ぐことができなかったのか。児相の対応などを検証した。
6月14日、2人の児相職員が当時昌己君が住んでいた同市瑞穂区のマンションを訪れた。通っていた市立田光中学校が、虐待を疑って児相に2回通報。これを受けての最初の家庭訪問だった。
「(昌己君の)言葉遣いが悪くカッとなって殴った」。酒井容疑者は暴力を認めた。昌己君の顔には殴られたとみられる痕があった。市の基準では「顔などに殴打痕がある」ケースは、一時保護を検討するとしている。
児相職員は訪問前、上司に「場合によっては一時保護します」と伝えていた。しかし、酒井容疑者が暴行を素直に認め、職員の「体罰をやめるように」という指導を受け入れる姿勢を見せたため、保護は見送られた。
■力不足悔やみ
羽根主幹は「子供の立場に立つのに(職員には)相当なコミュニケーションが必要だったのだと思う。我々の力不足だった。担当職員や私は悩みながら頑張ったつもりだが、結果は最悪になってしまった」と悔やむ。そのうえで羽根主幹は言った。「コミュニケーションをとっても(昌己君を)救えたかというと、自信はない……」
◇児童相談所職員、数も経験も不足
名古屋市では00年以降、児相が通報を受けながら子供が虐待死するケースが7件発生。昌己君は8人目の犠牲者だ。市中央児相は、昌己君の死を防げなかった要因として「職員不足」と「職員の経験不足による未熟な対応能力」を挙げた。
市は00年の児童虐待防止法施行時に児相1カ所・児童福祉司25人だった態勢を、現在の2カ所計45人に強化した。厚生労働省によると、市の10年度の児童虐待の相談件数(速報値)は前年度比92件増の833件。市中央児相では児童福祉司1人当たり30~40件を担当するという。
関西学院大の才村純教授(児童福祉論)の02年調査によると、日本では児童福祉司1人が平均37件を担当。これに対し米国は12件、韓国18件、英国20件だ。欧米では虐待相談専門のソーシャルワーカーも配置。だが、日本では児童養護施設に保護した子供への対応などの別の業務が加わる。虐待相談以外の業務を含めると、名古屋市中央児相の職員1人当たりの担当は、約100件に跳ね上がる。
児童福祉司資格は国家試験ではなく、比較的容易に取得できるという。市によると、児童福祉司になっても2~4年で他部署に異動することが多く、中央児相職員の勤務年数は平均3年10カ月(4月現在)で「能力やノウハウが十分に蓄積できない」という。昌己君を担当した職員は児相に配属されて4年目、家庭訪問に同行した職員は半年だった。児相職員は市職員から公募されているが、応募は09年3人、10年は1人だけだった。NPO法人「子どもの虐待防止ネットワーク・あいち(CAPNA)」の高橋昌久理事長は「目的意識がなければ、職員を増やして経験を積ませても烏合(うごう)の衆になるだけだ。外部から広く人材を募り、専門能力にたけた職員を育成すべきだ」と訴える。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111110-00000004-mai-soci