危機的な状況に対して、リーダーはいかなる姿勢で臨むべきか。そして、どのようなリーダー像が望まれるのか。9月6日に開催された経営者向けセミナーイベント「第22回 ITmedia エグゼクティブセミナー」の基調講演において、初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏は、危機に強いリーダーについて論じた。
●政府のまずい対応
佐々氏は、リーダーの人物像を「農耕民型」「狩猟民型」の2つのタイプに大別して説明している。佐々氏によると、「農耕民型は『平時の能吏』といったところ。日本人には農耕民型が多い。農耕民型リーダーは平時の調整が上手な人で、比較的高齢者の中から選ばれる。農耕民族には猛々しい人は不要だからだ」と述べる。
農耕型の人々は会議を好む。上司や部下、競争相手といったしがらみの中で、全員の合意を取り付けるために、平時には会議や調整が欠かせないのである。その調整や合意形成を粘り強く行うには、気長に対応できる高齢者が好ましい。逆に壮年の猛々しい人物では、太平の世には問題を起こしがちなので敬遠される。平和が長年続くと、落ち着いた高齢者からリーダーを選ぶ傾向が自然に強まってくるというわけだ。
とはいえ、あらゆるステークホルダーがかかわる大きな枠組みの中で農耕民型の調整を行うには、どうしても時間がかかってしまい意志決定が遅れてしまう。急を要する状況には不向きで、しばしば決定的な場面で決断の時期を逃してしまいがちである。例えば、太平洋戦争は、陸軍や海軍をはじめとした各セクションの意見が対立したまま結論をズルズルと先送りし、やむなく対米開戦に踏み切ることになってしまったと分析されている。誰かが決断したのではなく、むしろ誰も決断しなかったからこそ戦争以外の選択肢がなくなったといえるだろう。このような状況を、佐々氏は、「連帯無責任」と呼んでいる。
「例えば、田植えをいつやるかということを誰が決めているのかよく分からない。太平洋戦争の開戦もまた、誰がどのように決めて、どう責任を取ったのか分からない。こういった意志決定を日本はずっとやってきた。会議ばかりでは、集団的連帯無責任につながってしまう。古くからの日本の企業も同じように農耕民型で、連帯無責任体質が多い」(佐々氏)
農耕民型では、危機的な状況に置かれたときに迅速な意志決定ができない。そして、とりわけ緊急性の高い物事に対しては全員の意志を共有する時間がなく、しばしば場当たり式の対応に陥りがちだ。一貫した対応も難しくなってしまう。特に、今回の原発事故への政府の対応について、佐々氏の指摘は手厳しい。
「東日本大震災に関して、政府は幾つもの会議を催した。原発事故は明らかに人災。原発事故の対応は国でなく地方自治体が行うものとされていたが、実際には危機対策の中で役に立ったものがなかった。だが、それについての責任を誰が取っただろうか」(佐々氏)
この対応について、政府は法律の適用を間違えたと佐々氏は考えている。数多くの委員会を設置するのでなく、「安全保障会議設置法」を適用して安全保障会議に一元化すべきだったというのだ。この法律は治安問題や大規模災害を想定し、1986年に中曽根康弘政権下で公布された。安全保障会議を首相の命令で設置、国の責任で実施し、強い権限を集約してことに当たるべきだというわけである。
「震災に対しては、戦後最大規模となる10万人もの自衛隊が動員されたが、安全保障会議を開くこともなく、『何となく』決まった。あれほど会議好きの政府が、なぜそこだけ会議を開かずに決めたのかは疑問だ。こういったことを許していては独裁につながりかねない」(佐々氏)
●危機に強い「狩猟民型」
一方、農耕民型リーダーと対比される存在である狩猟民型のリーダーには、活動的な壮年が多いという。この種のリーダーは、狩りをする集団を率いて最前線に立つ人物にたとえられる。
「部下に任務分担させて狩りを行い、自分で獲物の最も良い部分を取った上で、役割分担に応じて肉を分配する。肉は保存がきかないから、すぐ次の目標を決めて取り掛かる。もし失敗したときはナンバー2が交代を要求し、すぐさまこれに代わる」(佐々氏)
こういったリーダーは、悪い情報や悲観的な情報をまず気にするのだという。耳をふさぎたくなるような情報でも我慢して聞かねば、危機に強いリーダーにはなれないからだ。佐々氏は、その一例として、中曽根内閣を支えた内閣官房長官、後藤田正晴氏を挙げた。大韓航空機撃墜事件や、伊豆大島の三原山噴火による全島避難などの対応で、官房長官として優れた危機管理能力を発揮した後藤田氏は、佐々氏ら室長級の部下に対し、以下のような訓示を行ったとされている。
・出身がどの省庁であれ、省益を忘れ、国益を想え
・悪い本当の事実を報告せよ
・勇気を以って意見具申せよ
・自分の仕事でないと言うなかれ
・決定が下ったら従い、命令は実行せよ
また、後藤田氏は「会議が嫌い」だったといわれる。狩猟民型のリーダーは、農耕民型のリーダーとは異なり、時間をかけて調整するのではなく、迅速な決断を好む。そのような意志決定こそが、危機対応には相応しいと佐々氏は声を張る。
「後藤田さんは、閣僚が人を連れてくるのも嫌がった。自分の担当する省庁くらい自分で説明しろというのだ。また、米国政府が危機対応の際に使う『シチュエーションルーム』を見学させてもらったことがあるが、その会議室も少人数しか入れないようになっていた。6~7人でやらないと会議が紛糾してしまって決まらないから、というのが理由だ。大きな問題に当たるには、少人数で決断を下した方が都合がいい」(佐々氏)
●部下はリーダーの決断を待っている
こうしたリーダーシップの差は、言うまでもなく部下の活動に大きな影響を与える。佐々氏は、あさま山荘事件の際、上層部が陥った不決断に苦しめられたエピソードを紹介した。
「人質の健康状態などを憂慮して、現場では早く突入せねばと志気が高まっているのに、東京の方からは『天候不良で延期』という命令が何度も繰り返された。温かい東京の会議室では、いつも冷え込む現場の状況も分からないだろうに。下の立場としては、上が決めてくれないことほど難しいものはない。部下は決断を待っているのだ」(佐々氏)
あさま山荘事件当時、佐々氏は警察庁の警視正として現場に派遣されていた。警察では上級職から現場に入るのが慣例となっているのだ。こうした経験の数々を踏まえ、佐々氏はリーダーが自分自身の特性を踏まえた上で的確な人事を行うことを推奨している。
「現場で指揮官になれる能力を持つ人は少ない。多くの人は農耕民型か狩猟民型のどちらかであり、両方の特性を持ち合わせる人は滅多にいない。それ故、自分自身の性質に合わせてパートナーを選ぶべきだろう。自分が調整型すなわち農耕民型なら決断型・狩猟民型の、狩猟民型なら農耕民型の人物を身近に置き、補い合うことが肝要だ」(佐々氏)【岡田靖】
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