長岡市青葉台3の住民組織「青葉台山古志応援団」が18日、地区の休耕田を利用した田んぼ(約10アール)で、中越地震(04年10月)で被災した山古志地区住民と、東日本大震災の影響で福島県南相馬市から青葉台に避難している人と一緒に稲刈りをした。
青葉台には中越地震の後、全村避難した山古志地区住民のための仮設住宅が造られ、最長で約3年間の避難生活を送った。そこで、同応援団の畔上純一郎団長(61)が06年春、避難者が体を動かしたり交流したりできるようにと田んぼを造り、以来毎年、山古志地区住民が中心になって米を育てるようになった。仮設住宅閉鎖後も、同地区住民が訪れ、稲の世話をしてきた。
今年は、南相馬市から青葉台に身を寄せている避難者も招待。応援団も含め計約30人が、コシヒカリを草刈りがまなどで刈り、天日で乾燥させるはさ掛け作業をした。
南相馬市の吉田茂さん(69)は「農作業はほとんどしたことがなかったので、気分転換になった。地震でお互いにつらい思いをしていると思った。これからも交流したい」と話した。また、中越地震で山古志地区の自宅が全壊した会社員、藤井久弘さん(33)は「青葉台の近くの仮設住宅に住んでいたので、田んぼができた当初から来ている。酒の搾り出しの作業などで青葉台から山古志にも来てくれる。今でも交流が続きいいと思う」と話した。
収穫した米は、南相馬市、山古志地区の参加者らに配るほか、今後の活動資金にするため一部は販売する。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110919-00000109-mailo-l15