【救いは差し伸べられるのか】(1)
「施設の職員には面倒を見てもらったので感謝はしている。仕事だからやっていたのだろうけどね」
東京都葛飾区で独り暮らしをする堀達也さん(23)=仮名=は、小学4年から中学卒業まで過ごした中野区の児童養護施設での生活をこう振り返った。
団地に住んでいた小学1年のころから継父に木刀やハエたたき、布団たたきで気絶するまで殴られた。食事を与えられず、母親がこっそりおにぎりをくれた。学校の通告で児童相談所が介入し、社会福祉法人が経営する施設へ入った。6~8人部屋で暮らしたが、「つまらなかった。学校の同級生には親がいるので劣等感があった」と話した。
「しばられるのもいやだった。門限は一度も守らなかった。小遣いの額が少ないのも不満だった。門限を破ると1度目は注意で済むが、次からは大勢の職員に寄ってたかってしかられ、反発しか残らなかった」
中学卒業後、自立援助ホームなどで暮らしラーメン店や新古書店で働いたが、続かなかった。現在は精神科へ通院し生活保護を受けているといい、人生の意味を見いだせないでいる。
親に恵まれない子供を公的に守り育てる「社会的養護」のうち児童養護施設や乳児院など施設で暮らす子供は厚生労働省の平成20年の調査で3万7991人。半数以上が虐待の末に保護された。施設は都市部で満員状態の上、そもそも虐待の傷を癒やす専門施設ではない。職員は懸命に子供たちを育てているが、対応には限界が指摘されている。
◆逃げ場なし
社会的養護には、もう一つの選択肢がある。
携帯メールへ毎週届く「孫」の写真に長野県茅野市の会社役員、浅間玄也(げんや)さん(76)夫婦は顔をほころばせた。里親として育てた女性(31)が昨年9月、長男に恵まれた。
《息子のかわいい写真を送ります。毎日が新鮮で本当に幸せで、おっぱいあげながら涙がでることも。子育てをすることで私も親育てをしてもらってる気がするんだ。生まれてきてくれてありがとう。家族って本当にいいものだね》
メールにはこうあった。
彼女は16歳のとき浅間家へ来た。実の母親は父親と離婚し「あんたなんか産まなければよかった」「きらいなお父さんに似てきた」と虐待を続けた。高校1年のとき包丁を持ち合うまでになり、学校を通じて児童相談所へ通告した。
過食と拒食を繰り返す摂食障害、躁鬱(そううつ)…。虐待のことは「逃げ場がないもん。我慢するしかない」と話した。浅間さんは「傷が深いと感じた」と振り返る。
1年後に親元へ戻ったものの、やがて母親の部屋の隣室で手首を切り自殺を図った。施設をへて再び浅間さん宅へ身を寄せた。3年前に結婚、式は浅間さん夫婦が両親として出席した。
浅間さんは彼女を含め3人の少女の里親となった経験から「愛情を受けずに育った子供の情緒を改善することがいかに難しいか知った。私たちは精神科医ではなく治療はできないが、愛情を注ぐことで傷を癒やしてあげたいと思う」と話す。
◆施設に限界
里親制度は昭和23年からある。親元で育つことができない18歳未満の子供を、自治体に登録した里親が児童相談所から委託され、自宅へ引き取って育てる。養育費として里親手当月7万2千円や生活費月4万7680円、教育費、医療費などが公費で支給される。
精神科医の北村俊則さん(63)は「子供は実の親元で育つのが一番いい。虐待により親子を引き離す場合でも、子供のことを考えれば1対1の関係が基本だ。施設では日勤と夜勤で職員が代わる。子供へ『おはよう』と『おやすみ』を言ってあげる人の顔が異なる。異動や退職もあり、信頼を置いた職員が数年で去ってしまう」と指摘する。
英イーストアングリア大学のジューン・ソバーン名誉教授の2007年の研究によれば、欧米豪13カ国での社会的養護のうち里親委託の占める割合は米国で69%、英国で65%。最も高いアイルランドは84%、最低のドイツでも47%だった。
一方で、わが国は「施設養護から家庭的な養護への移行が必要」として里親制度を推進しているが、平成20年に全国の里子は3611人と8%にすぎず施設養護の10分の1に満たない。
なぜ広がらないのか。
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児童虐待の問題の根深さは、子供が保護されても終わりにならないことにある。連載の第7部は、子供のための社会的養護のあり方について考えてみたい。
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