厚生労働省が発表した2016年国民生活基礎調査によると、介護が必要となった主な原因の1位は「認知症」です。患者はますます増えると予想され、認知症予防は急務です。そんな中、注目したい活動が、老年医学の研究拠点・東京都健康長寿医療センター研究所が展開している絵本読み聞かせ世代間交流プログラム「りぷりんと」です。
絵本の読み聞かせが認知症予防につながる
りぷりんとは子どもたちへの絵本の読み聞かせを主な活動とする60代以上の学校支援ボランティア。研修を受けた人たちが、自身が暮らす地域で活動しています。同センターの研究では、プログラムが読み手の認知機能に好影響を与えることが分かっています。そこで神奈川県川崎市にある保育園を訪ね、実際の活動の様子を拝見しました。
この日は6人のメンバーが、1クラスを2人で担当。1人2冊、30分で計4冊を読み聞かせていました。声に強弱をつけ登場人物になりきって読みながらも、園児たちの様子や時間配分を考慮しています。園児は夢中で聞き、時折、読み手が問いを投げかけたり、園児が質問したりと会話のキャッチボールも楽しんでいました。終了後はメンバーで気付いた点をノートに書き留め、次への課題とします。
秋なら"秋深し"などのテーマをみんなで決め、図書館で絵本を選定し、各自自宅で練習します。私の場合は1週間前から1日2回、発声練習をして本番同様に読み込んでいるそう。地域の保育園・小中学校・高齢者施設などで活動し、川崎地区のメンバーの平均年齢は74歳。80代も活躍しています。
では、なぜりぷりんとが認知機能の維持に役立つのでしょう。この研究のプロジェクトリーダー・藤原佳典先生にお話を伺いました。
頭の体操と社会活動の両方を行うのがポイント
私たちの記憶機能をつかさどる脳の部分の一つに「海馬(かいば)」がありますが、これは記憶の保持や出し入れに関与し、認知症発症に伴い早期に萎縮する部位といわれています。藤原先生の研究チームは、りぷりんと参加者と一般の研究協力者の頭部のMRI検査を実施。すると初回の検査時と6年後の検査時では、年齢相応に海馬の萎縮が認められた一般の研究協力者に対し、りぷりんと参加者は海馬の萎縮が抑制されていることが判明しました(下図参照)。これは絵本を読み聞かせるための準備や練習を含めた総合的な効果だと考えられると藤原先生。
記憶をつかさどる海馬の委縮を抑制!
「読み聞かせは知的活動です。頭をフル回転で使いますので、必然的に海馬と前頭葉が活性化します。また、読み聞かせるだけでなく、反省会などのグループ活動では合理的で積極的な議論を行うため、脳へのいい刺激となっています」(藤原先生)
りぷりんと参加者は、まず、ボランティアとして活動するために3カ月間(週に2時間程度)の研修に参加し、絵本の読み聞かせの意義や絵本の選び方、発声方法、ボランティアとしての心得、発声練習、腹式呼吸などを学びます。研修を修了すると1グループ6〜10名に分かれて地域の学校などを訪問します。
「図書館での絵本選びから始まりますが、対象年齢や季節などのテーマを加味してどの本が良いか考えることで脳を使います。これがけっこう難しい作業なのです。そして本番でスムーズに読むために、自宅で練習します。声に出し、内容をほとんど暗記するくらいに読み込むのです」(藤原先生)
実際の絵本の読み聞かせでもさまざまな"考える"作業が必要になります。
「どこまで物語の雰囲気を出せるか、子どもたちが集中して聞いているか、全員に声が届いているかなどを気遣いながら読まないといけません。自宅で孫に絵本を読むのとは異なり、簡単なように見えてかなり頭を使う作業です。
また、認知症では時間の認識から衰えることが多いといわれていますが、読み聞かせは1冊10分程度で行うようにしていて、自然と鍛錬になっています」(藤原先生)
そして、ボランティア活動であることも大切な要素の一つ。活動のためには外出をし、メンバー間や活動先の人たちとの交流があります。こうした社会活動も健康寿命を延ばす上で重要な要素であることが分かっています。
◆絵本読み聞かせボランティアの2週間
○選 書
図書館へ行き、読む対象年齢や季節、テーマなどを考慮して、絵本を数冊選びます。
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○練 習
自宅で本番に向けて練習。当日、緊張せず物語の雰囲気を出すため、読み込みが必要です。
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○実 演
1冊10分を目安に実演。子どもがちゃんと聞いているか、声が届いているか配慮が必要。
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○反省会
良かった点、注意すべき点などを意見交換し合い、次回へのステップアップにします。
取材・文/中沢文子 撮影/島本絵梨佳
<教えてくれた人>
藤原佳典(ふじわら・よしのり)先生
東京都健康長寿医療センター研究所研究部長。京都大学大学院医学研究科修了(医師・医学博士)。社会参加と地域保健研究チームのリーダーとして世代間交流や地域包括ケアなどに関する研究を進めている。
https://news.goo.ne.jp/article/mainichigahakken/life/mainichigahakken-005649.html