細菌の増殖を抑えたり、殺したりする抗菌薬(抗生物質)。風邪の大半には効果がないのに、医師が「念のため」と処方するケースが少なくない。安易な処方は抗菌薬の効かない「薬剤耐性菌」の増加につながるため、厚生労働省は3月、不必要な抗菌薬を減らすための医師向けの手引をまとめた。(加納昭彦)
ウイルスには抗菌薬効かず
風邪の大半は、様々なウイルス感染が原因。ウイルスには抗菌薬が効かず、薬は無駄になる。ただ「風邪」の一部に、細菌による感染が原因というケースもあり、医師による見極めが大事だ。
しかし実情は、風邪の原因が「細菌」か「ウイルス」かを区別しないまま、「念のため」と処方する医師が少なくない。風邪患者の6割に対し、抗菌薬が処方されていたという国内のデータもある。
こうした抗菌薬の乱用を減らす必要があるのは、耐性菌の増加につながるからだ。人の体には普段から、薬が効く細菌と、耐性菌が共存している。抗菌薬を飲むと、体内のほとんどの菌は死ぬ中で、耐性菌は生き残る。しかも栄養分を分け合うライバルがいなくなるため、増えやすくなる。健康な人は免疫が働くため問題にならないが、体が弱った患者や高齢者がいる医療機関や介護施設で広がると命に関わる。
厚労省によると、耐性菌による死亡者は2013年現在、世界全体で年間70万人。対策を講じなければ50年に1000万人に増えると推計されている。
抗菌薬の使用についての厚労省の手引では、風邪の症状を訴える患者の診断の流れをチャート図で示し、抗菌薬の処方が必要かどうか分かるようにした。それによると、抗菌薬処方を検討するのは、症状の重い急性 副鼻腔炎 、 溶連菌 感染症など細菌が原因となる一部にとどまる。
静岡厚生病院(静岡市)の小児科医、田中敏博さんは、風邪の症状がある患者に無駄な抗菌薬を使わないことを心がけている。昨年度に風邪などを訴える患者への薬を調べたところ、抗菌薬を処方したのは1割に満たなかった。田中さんは「じっくりと話を聴いて診察し、薬が必要かどうか判断することが大切」と語る。
患者も誤解「必ず処方してほしい」
不適切な処方が横行しているため、患者が誤解に気づかず、薬を求める悪循環に陥っている面もある。
国立国際医療研究センター病院(東京都新宿区)特任研究員の 具 芳明さんが14年、20~60歳代の男女1087人を対象に、抗菌薬の知識や意識を聞いた調査によると、5割近くが「(抗菌薬は)ウイルスに効く」と誤って回答。2割近くが「風邪で受診したら必ず処方してほしい」と答えていた。
手引は、一般の人がワクチンを接種し、せきをする時は周りの人に注意を払い、日頃から手洗いやうがいをするように促した。そもそも感染症で受診する人が減れば、抗菌薬の減少にもつながるからだ。
手引を作る作業部会の座長を務めた同センター病院副院長の大曲 貴夫 さんは「医師が適切に処方するとともに、一般にも正しい知識が普及すれば、無駄な抗菌薬は必ず減らせる。医師が『念のために』と抗菌薬を処方しそうになったら、本当に必要かどうか尋ねてほしい」と話している。
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170405-OYTET50039/