[ カテゴリー:社会 ]

市場10倍!「食べるラー油」大ヒットの仕掛け

すでにおなじみの「食べるラー油」の登場で、ラー油市場は10倍に急拡大した。最初に商品を発売した桃屋、後発のエスビー食品の商品開発の現場ではどのようなマーケティング上の工夫があったのだろうか。

■市場を10倍にしたラテラル・マーケティングとは

 単なるヒット商品の枠を超え、すっかり「普通名詞」として、家庭に定着した感のある食べるラー油。これは、餃子を食べる際に醤油の上に垂らす調味料というこれまでの概念を打ち破る画期的な「新商品」の開発であった。
 マーケティング論に照らすならば、この商品はラテラル・マーケティングの典型といえる。ターゲットを絞り込み、その細分化したニーズの充足に専心する従来型の垂直的マーケティングに対し、ラテラル・マーケティングは、水平思考に基づいて機能や用途を大胆に転換することによって、これまで存在しなかったまったく新しい商品やサービスの開発を行う手法である。
 食べるラー油は、ラー油の中に具を入れ、素材感を前面に打ち出すことによって、「ラー油イコール調味料」という概念を「ラー油イコールおかず」へと大幅転換させた。それにより、ご飯やパスタにかけて食べるという今までに存在しなかったラー油のフロンティア・マーケットを創造したのである。

 その新地平の広大さがなせる業なのだろうが、販売サイクルの長さも半端ではない。昨今、幸運にも新商品がヒットしたとしてもすぐぽしゃってしまう、いわゆる短サイクルが常態化している。が、食べるラー油に関しては、桃屋が2009年8月に出して以来、実に1年半も経過しているにもかかわらず、いまだ小売店頭では品薄状態が続いている。生産が需要に追いつかないのである。
 当然、販売成果も、驚くほど絶大だ。食べるラー油が発売される前までのラー油市場は、年間13億円程度の規模だった。ところが、これが現在、100億円を超えるところまで拡大しているという。
 お話をうかがったエスビー食品メッセージデザインユニット・マネージャーの上野正史氏によると、直近では「ラー油の市場は約10倍に広がっている」というのだ。しかも、従来通りの調味料としてのラー油の売り上げはまったく落ちず、純粋に食べるラー油の巨大な売り上げがそれに乗っかった形になっている。この事実からも、まったく新しいタイプの商品が誕生し、新しいマーケットが産み出されたと考えてよいだろう。

 厳しい経済情勢の現下、ヒット商品が出れば、あやかり型商品が出るのは自然の流れである。今日では、特産物を具材に生かした地域ベースでの多様化に加え、外食産業、コンビニ、ホテルに至るまで、食べるラー油の応用商品は百花繚乱状態である。
 例えばブーム絶好調の昨年6月、ファミリーレストランのガストは、「食べるラー油で楽しむ野菜たっぷり冷やし麺」を売り出した。また中華イメージの強いラー油とはほど遠いハンバーガーでもラー油を使った商品が市場化されている。
 モスフードサービスは、日本テレビの朝の情報番組「スッキリ!!」との共同開発という形でやはり昨年6月に「テリー伊藤のざくざくラー油バーガー」と「テリー伊藤のざくざくラー油チーズバーガー」の2種類を発売している。アメリカンフードの代表格であるハンバーガーと中華のラー油との「異花授粉」は、まさに水平思考の時代を象徴しているといえる。

 さて、それではなぜ食べるラー油はこのような大ブームになったのであろうか。トレンド面の理由を明らかにしてみたい。
 一つには、近年の辛い味ブームがあるだろう。桃屋・営業企画室の森本豊彦氏によると、健康志向の高まりから最近の食事は全体的に薄味、減塩傾向になっている。このような味にもの足りなさを感じていた人々はパンチの利いた味を求めていた。その琴線に触れたのが、ラー油だったというのだ。確かに昨今の激辛坦々麺の定番化や辛さに選択の自由度のあるカレーハウスの台頭にみられる辛味愛好ブームは、このような傾向を顕しているといえる。
 いま一つは食の内部化(内食化)だ。不況感漂う日本では、いまだ人々の心理面で節約志向が蔓延しており、外食が手控えられている。桃屋の森本氏は、食べるラー油ヒットの理由の一つに、外食から「イエ飯」への転向をあげる。事実、日本経済新聞社が昨年8月末に行ったインターネット調査の結果(日本経済新聞電子版セクション、2010年10月1日刊)によると、「家計の引き締めで、自宅で料理をする機会が増えている」という人は約6割に上っている。
 食卓を少しでも華やかにして楽しもうとする人が増えていることが、食べるラー油人気の背景にありそうだ。

■「ふりかけ」のように簡単に味と食感を加えられるものを

 エスビー食品で「ぶっかけ! おかずラー油」の開発を直接手がけた商品企画ユニットの三島和治氏は、「普段の食卓を華やかにするために調味料を加えて、いつもの料理に味の彩りを添えると、そこに楽しみが見いだされます」と指摘する。
 実際、食べるラー油の料理への応用度は非常に高い。もちろんおかずとしてご飯にかけるという方法がオーソドックスだが、それだけではなく、チャーハンに入れたり、サラダや冷奴にかけたり、納豆にまぜたり、パスタやカレーに隠し味として入れたり、好みに応じてさまざまな使い分けができる。従来の餃子のための調味料からは想像もできないような用途の拡大を実現している。
 また内食化の進展によって、多くの人々が求めるようになる簡便性も食べるラー油の売り上げアップに貢献する理由となっている。内食化する消費者は、上記の三島氏が言う通り、お決まりの家庭料理に変化をつけたくなる。しかし当然のことながら、毎日の食事に面倒な手間はかけたくない。そこで、「ソース」か「ふりかけ」のようにほとんど自分の手を煩わせることなく、味と食感を容易に添加できるものを求めたのだ。
 だが、食べるラー油は、単なるソースやふりかけとは異なる。これは以前には存在しなかったまったく新奇な商品であったため、そのテーストやフレーバー、そして食感が消費者には目新しく、新鮮な感動をもたらしたのであった。

 既存市場を10倍にまで膨らました仕掛けとはどのようなものであったのか、明確にしてみたい。
 先発企業とされる桃屋は、この商品アイデアの着眼点に関して、「今までにない、単に辛いだけでなく、素材のおいしさを引き立てる、応用力のある商品を考えた」としている。確かに桃屋の「辛そうで辛くない少し辛いラー油」は応用性の高い商品で、その幅広い用途の新開拓と提案は抜群のものであった。
 だが、それに類似する商品はそれ以前にも少なからず出ている。沖縄県・石垣島の唐辛子やコショウを使用して作った辺銀食堂(ぺんぎんしょくどう)の石垣島ラー油は、10年以上前から売り出されている。また、「具入りのラー油」というコンセプトで作られ、石垣島ラー油より大規模に売り出されたものに「具入り辣油」がある。この商品は、食べるラー油に関しては桃屋と拮抗しながらも、僅差でフォロワーの座に甘んじているエスビー食品が製造元である。
 同社が、中国の李錦記社の輸入代理店として、「具入り辣油」を売り出したのは04年1月のことであった。同社では、すでにこの当時、具の入ったラー油を楽しんでもらおうという意向をもっていたのだ。ただし、この商品は、今日の食べるラー油に比べて辛味が強く、ご飯にタップリかけて食べられるというものではなかった。どちらかといえば調味料として使うものだったのだ。

■先を越されたとき、正直、やられた! と思いました

 この「具入り辣油」の後にも、同社はラー油の概念を打ち破る商品を続々開発している。07年8月発売の「ラー油ごまだれ」と「ラー油ぽん酢」という結合型の商品がそれだ。前者は、ゴマの具感を取り入れたもので、後者はポン酢と相性のよいダイコンおろしを具材にした商品である。つまりエスビー食品には、比較的以前から具入りラー油のアイデアがあり、それを実用化するという実績があったのである。
 三島氏は、桃屋に先を越されたときのことを振り返っていう。「正直、やられた! と思いました。すぐに桃屋の商品への反応など、消費者調査を十分に行いました。市場ニーズがあることを確認したうえで、これまで温めてきたものを大至急商品化へと進めることにしたのです」。

 同社は、10年3月に「ぶっかけ! おかずラー油」を出しているが、これは、桃屋の商品が発売されてからわずか半年後である。通常、この種の商品開発には1年くらいの時間が必要だが、それをわずか半分でこなしたのは、これまでの研究蓄積と販売実績があったからである。
 とはいえ、「食べる」というコンセプトを明確に打ち出したのは桃屋が最初である。今まで調味料、あるいはその延長線としてしか考えられなかったラー油にフライドガーリックやフライドオニオンをふんだんにまぜ、新しい食感と香りを極端なまでに付け加えることによって「食べ物」あるいは「おかず」というものに仕立て上げ、それを普及させた功績は大きい。
 そして、普及する途上でネーミングの果たした役割も少なくないだろう。「辛そうで辛くない少し辛いラー油」という商品名の意味するところは、末尾の「少し辛いラー油」ということなのだろうが、それをわざと冗長にすることで、コミカルなイメージを醸し出している。あえて製品の特性をこの長々とした商品名を用いて説明することで、話題性を喚起する仕掛けがあったのだ。

 本格的なマーケティングを展開するうえで、一般にプロモーション活動は不可欠の手段である。だが、食べるラー油という大ヒット商品に関しては、冒頭にも記した通り、現在でも品薄状態が続いており、プロモーション活動は必要ないどころか、無用な消費者扇動につながるという意味で罪悪とすらいえる。実際、この種の自重がはたらき、桃屋は09年10月12日以降、一切広告宣伝を行っておらず、エスビー食品はプレスリリースや自社ホームページを除き発売当初からそれらをまったく実施していない。
 ただ、これは爆発的なヒット商品になってしまったがゆえの特殊ケースで、桃屋に関しては、09年10月12日より前にはマスメディアも駆使した絶妙なメディア・ミックスを展開している。それは非常に巧みで大きな成果を挙げていた。
 桃屋の森本氏によると、「この商品(食べるラー油)は、当社がWEBで本格的につき合った初めての商品です」とのことで、「メディア別に段階的に情報公開をしたことにより、WEBでクチコミが広がった」という。
 実際、09年8月の発売直後から商品サンプルを閲覧者がもらったり、試したりできるサイト(モラタメ、サンプル百貨店)や日本最大の食品クチコミサイト(もぐなび)に食べるラー油の情報を提供し始めた。そして、WEB上でクチコミがかなり広がったところで、テレビCMを投入し、大ブレークしたのだった。
 テレビCMは、ロックバンド怒髪天の増子直純氏をメーン・キャラクターに使ったものを10月1日から12日まで行っている。広告クリエーティブは、彼が同社の商品を餃子やサラダ、冷奴などにかけ、最後にご飯にかけて勢いよく口の中に放り込み、一言「うまッ!」と叫んでシメるものだ。非常にインパクトのあるビジュアルやパンチの利いた言葉を発して未知の商品の特性や用途をアピールしている。
 WEB・クチコミというニューメディアとテレビCMというオールドメディアの絶妙なタイミングの「結合」が大ブレークを生むキッカケになったといえる。ここにも商品特性と同じ水平思考が息づいていたのである。

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早稲田大学社会科学総合学術院 教授
野口智雄=文
のぐち・ともお●1956年、東京都に生まれる。一橋大学大学院博士後期課程単位取得後、横浜市立大学助教授等を経て94年から現職。2006年から08年まで、客員研究員としてスタンフォード大学経済学部で主に米国小売業の研究を行う。88年、『現代小売流通の諸側面』で日本商業学会賞を受賞。主な著書に『ビジュアル マーケティングの基本』『価格破壊時代のPB戦略』(ともに日本経済新聞社)などがある。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110307-00000001-president-bus_all

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