「実にうまい……」
クリヤマの社長、栗山義康さんはそう唸りながら、炊きあがった米を愛おしむように噛みしめた。自ら手塩にかけて開発し、7年前に世に出たご飯釜。その釜で炊きあげた米を口にした数だけ、感嘆の声をあげてきた。栗山さんが追い求めてきた理想のご飯が、いつもそこにあるからだ。
新潟の燕三条地区は戦後間もなく金属食器の産地として有名になり、今も多くのキッチングッズの会社が軒を連ねる。そもそもクリヤマも、「k+dep(ケデップ)」というブランドなどで、チーズフォンデュの鍋やカラフルなセラミック鍋など洋調理器具のメーカーとして知られていた。
会社が成長するなか、栗山さんの胸のなかで大きくなったある夢があった。子どものころ食べていたご飯を再現する、究極のご飯釜を作りたい。そんな夢だった。
米どころ新潟で育った栗山さんが子どものころ食べていたのは、薪のかまどで炊いたご飯。商売が忙しかった栗山家では、栗山少年も台所を手伝うこともあったが、自分でやってみるとかまど炊きの難しさがつくづくわかった。
気温も湿度も毎日変わる。何よりくべる薪の大きさがそのたびに違う。おこげだらけになってしまったり、はたまた生炊きだったり。ところが同じかまどでおばあちゃんが炊飯すると、魔法でも使ったかのように、いつもとびきりうまいご飯が炊きあがった。
そのご飯は、やわらかすぎず、かたすぎず、それでいてもっちり。口に入れると米の一粒一粒がはらりとほどけ、噛みしめるごとに米の甘みが口いっぱいに広がった。
「今で言うなら食感は、高級寿司店のシャリに近い。最近はやわらかいご飯を好む人もいますが、それはやわらかめに炊きあがりがちな電気炊飯器のご飯で育っているからですよね。本当の米のうまさを知らないのかもしれません」(栗山さん)
●「炊飯理論」を再現するオリジナルの炊飯釜
そんなとき、栗山さんが食のフォーラムで出会ったのが、新潟県食品研究センターで長年お米の研究をしていた江川和徳さん(現 新潟県食品技術研究会会長)だ。米どころ新潟には、米を栽培したり、加工する研究や技術はたくさんある。だが、米を炊くことに特化した研究はまだ少なかった。
そんななか江川さんは米の研究のなかで、米の研ぎ方、精米、浸水、そして炊飯の火加減などを科学的に検証しながら、究極の炊飯方法を探求する独自の「炊飯理論」を確立。栗山さんが子どものころ食べたかまどのご飯のおいしさは、短時間で釜を高温に熱することができる直火と高火力の恩恵だったことを知る。
「ご飯のもちもち感は、米が糊化することで生まれますが、かまどのご飯がおいしい理由のひとつは、でんぷん質が破壊されることなく均一に糊化しているから。そのためには火を付けてから約10分間で、100度まで釜の温度を上昇させることが秘訣で、沸騰までの時間が速すぎても遅すぎてもいけない。そして沸騰後は、大火力で一気に炊き上げる必要があることがわかりました」
江川さんとの出会いから、栗山さんはこの炊飯理論を再現するオリジナルの炊飯釜を作ることを決意。江川さんを招いて定期的に勉強会を開きながら、かまど炊きを忠実に再現する炊飯釜の開発を進めていった。
何より苦心したのは火力の確保だ。電気では高温にも限界があるだけでなく、スイッチを入れてから10分で100度まで釜の温度が上昇するかまどのような急激な温度の上昇は難しい。そこでガス台を利用して、かまど並みの高火力が得られる新しい形の釜の試作が繰り返されていった。
かまどに置いた釜が急激に高温になるのは、かまどという薪の火がガンガン燃えるドームのなかに、釜の一部が埋まるからだ。これによって文字通りの「直火」が実現するうえ、かまどというドームは発した熱をどんどん蓄える。そんなかまどの構造をヒントに、かまど代わりの覆いがあり、家庭用のガスの火を残らずかまど並みの熱に変える、一風変わった形の炊飯釜、クリヤマの「かまどご飯釜」が誕生する。栗山さんが江川さんと出会ってから、3年後のことだった。
●極上のご飯は食べ過ぎに注意
そのクリヤマ本社で、かまどご飯釜を使った炊飯手順を見せてもらった。
洗った米を1時間程度水に浸し、一度水を切ってから新しい水とともに釜に入れる。かまどに釜をセットして蓋をのせ、ガスを着火。強火~中火で釜を熱すると、10分程度で蓋から蒸気が噴き出してくる。ここから約2分放置したら火を止め、20分蒸らすとできあがりとなる。
何より驚くのは、釜の蓄熱能力だ。わずか10分程度で蒸気が噴き出し、火を止めたあとも、しばらく蒸気の勢いは変わらない。さらに20分蒸らしても、釜はまだ熱々。消火後の20分も、しっかり釜に熱を加えて炊飯を続けていることがわかる。
そうして無味無臭の固い「米」から、「ご飯」という極上料理に変身したそれは、米の形が一粒一粒しっかり残り、見るからにつやつやで見目麗しい。これも米のでんぷん質が均一に糊化した証しだという。
古くから日本人の血と肉となってきた米。そのうま味を最大限に引き出す「かまど炊き」という知恵に感謝しつつ、謹んでご馳走になる。ご飯だけで一杯、佃煮で一杯、最後に漬け物で一杯。なんと三杯飯をぺろりと平らげてしまう。しまった。食べすぎにだけは注意したい。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20141031-01061069-trendy-life