――乙武さんは、現在、東京都教育委員を務められているだけでなく、ナチュラルスマイルジャパン株式会社の取締役として、都内にある「まちの保育園」の経営にも携わっていますね。これにはどのような思いが?
乙武: 僕は2007年の4月から3年間、杉並区の公立小学校の教員として勤務していましたが、その経験のなかで強く感じたのは、教育は決して学校だけで行うものではないということ。そして、子供たちにとっては、やはり家庭の存在が重要なのだということです。
――子供の身になってみれば、学校よりも家庭で過ごす時間の方が長いわけですしね。
乙 武: 家庭というのは本来、子供にとっての“安全基地”です。そこが安定していれば、子供たちは精神的に落ち着いて勉強に取り組めるし、新しいことにチャ レンジする意欲も湧いてきます。逆に、何らかの事情で親に余裕がなかったり、育児に目が向いていなかったりすると、子供は不安に陥り、勉強にも遊びにも集 中できなくなってしまう。実際にそういう例があることを、教員生活のなかで思い知りました。
――しかし現実問題として、母親が専業主婦の家庭もあれば、共働きの家庭もある。家庭環境には多かれ少なかれ、差があります。
乙 武: その通りです。実際には、様々な家庭環境があり、親の愛情を感じることができずに育っていく子供たちがいるという現実がある。しかし、それではフェ アではないと感じたんです。スタートラインの時点で、すでに差をつけられてしまっている。これを何とかしなければならない、その差を埋めていかなければな らないという思いから、地域で子育てをしていく仕組みづくりの重要性に気がついたんです。
――近隣住人同士がつながって、地域社会全体で子育てのバックアップをすべきである、と。
乙武: 「まちの保育園」のコンセプトは、まさにそれ。育児をするお母さん、お父さんが孤立しないよう、地域全体で子供たちを見守り、育てていく仕組みをつくっていきたいんです。
――具体的には、どんな取り組みを?
乙 武: 2011年4月に開園した「まちの保育園 小竹向原」では、敷地内にカフェを設け、地域のみなさんが交流できる場所としています。そこを基点に、園との結びつきをつくっていく。また、2012年 12月に開園した「まちの保育園 六本木」では、常勤のコミュニティコーディネーターが地域の資源と園とを結びつける企画を考え、働きかけています。今年10月には吉祥寺にもオープンする ので、また新しい試みができたらと思っています。
――この「まちの保育園」といい、「グリーンバード新宿」といい、現在の乙武さんは地域に着目した活動に力を入れているという印象ですね。
乙 武: これまでの公共については、主に公的機関が担ってきました。しかし、今後ますます税収が減っていくことが予想されるなかで、行政ができることは限ら れてくる。都市部では忘れ去られていた「地域」ですが、子育て・教育にかぎらず、今後その重要性は増していくと思っています。
(構成:友清 哲)
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