年末の大掃除を機に、断捨離をし、自宅をスッキリさせた人も多いだろう。断捨離とは単にモノを捨てるだけでなく、モノへの執着や溜めこみマインドを自覚・整理することで、心身ともに解放されることをいう。実際にモノを捨てれば、整理整頓が楽になり、モノを自分でコントロールできるようになる。断捨離はすっかり社会に定着しているが、モノを捨てる爽快感は果たしてずっと続くものだろうか?
モノを捨てたことで、言いも得ぬ寂しさを感じたというのが、イラストレーター/ルポライターの内澤旬子氏だ。著書『捨てる女』(本の雑誌社)では、自宅や仕事部屋を埋めてきた本や家具、ガラクタを処分する「捨て暮らし」の日々が綴られている。
小さいころからモノを拾って歩くのが好きだった内澤氏だが、旅行記や本の装丁、屠畜など幅広いテーマの仕事をしているせいで大量の資料や書籍が長年に渡り集められ、「海外に出かける度に謎のブツ」を持って帰ってきたという。乳がんで入院し、治療を経て帰って来たところ、「こんな狭苦しいところにいると窒息するーっ。無理無理無理無理むーりーー。ぎゃああああっ」と文字通りの発作を起こしたのだ。
そこからは、家具、トイレットペーパーを使う習慣、そして配偶者までもためらうことなく、次々と捨ててしまう。長年収集してきた海外で購入した本や自身のイラストは展示会をした上で売り払い、見事きれいさっぱりとした空間を手に入れたのである。
しかし、ここから思いもよらぬ感情に襲われる。「気がついたら、結構重めな鬱状態」に陥り、その原因を「威勢よく捨てまくってるうちに、どうやら人生を楽しむ力も捨ててしまったよう」と分析する内澤氏。最終的には、「それにしても、どうかしていた」「あれもこれも、手放すべきではなかったのだ」と捨てたことに後悔し始めるのだ。
内澤氏の捨て暮らしの日々を読み進めているうちに浮き上がってくるのは、「捨てる」と「捨てない」の間にあるグレーゾーンの重要性だ。長年収集・愛用していたモノを選別するというのは、自分のアイデンティティーに直結する行為でもある。なんでもかんでも「捨てる」と「捨てない」に分けることが必ずしも美徳ではない。「捨てなきゃいけない」という気持ちを断捨離することが、実はとても大事なことなのかもしれない。
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