◇障害と生きるすべ、一冊に
「統合失調症」の患者や家族向けに、奈良県生駒市の精神科医、古屋穎児(えいじ)さん(72)=筆名・北山大奈=が、受診の目安から障害を抱えたまま生活できる福祉制度までを網羅したハウツー本「さすらいの統合失調症 対応・支援」(プリメド社、242ページ、1890円)を出版した。統合失調症は完治しにくく、治療だけでは患者を抱えた家族の苦悩を解決することができないと考えて執筆した。
◇薬だけでは不十分
「わがまま言ったらあかんで」「飯はもう食べたか」。3月中旬、古屋さんが嘱託医として勤務する大阪市鶴見区の入所施設を訪れた。古屋さんは居室や居間を歩き、利用者と昼食を食べながら顔色や行動を観察した。「大事な症状は診察室では分からない。実生活を見るのが大事」が持論だ。
統合失調症は原因も治療法も定まらない難しい障害だ。古屋さんの40年以上に及ぶ治療経験でも、投薬が不要になるまで回復した患者は3割ほど。古屋さんは「服薬では完治しない患者が多く、診察室での治療だけでは不十分だ。障害を抱えたまま生活できることが大事だ」と痛感したという。
◇生活や就労支援も
本の内容は、受診の支援や治療の内容、原因と予防法といった医療関連に加え、冠婚葬祭や住居などの生活全般▽就労支援▽障害年金――まで広くテーマを設定し、患者や家族が直面する場面を示しながら、取るべき対処法や利用できる福祉の制度などを具体的に説明する。
統合失調症を疑うべき特徴的な症状として幻聴を挙げ、「『実在しない人物からの命令を受けた』など支離滅裂な発言をした場合」などと基準を例示。さらに意味不明な命令を実行しようとしたり、自傷行為まで至った場合は治療が必要になるという。
一方の生活面では、両親が亡くなるなどして世話する人がいなくなり、患者が一人で暮らしていくための準備を中心に記載。周囲の厚意を受けるために必要な生活態度の指導から始まり、財産管理などを担う成年後見制度や医療費助成制度、生活保護に至るまで、患者が利用できる福祉制度を説明する。
◇家族の苦悩を軽減
奈良県の女性(72)は15年前、同居する次男(38)の様子がおかしいことに気づいた。精神科医に連れて行くと、「統合失調症」(当時は精神分裂病)と診断されたが、処方された薬の服用を嫌がったこともあり困り果てた。
治療だけではなく生活にも悩みが多かった。「背後霊から命令を受けた」と言い出して奄美大島(鹿児島県)に向かうといった奇行を繰り返すため、女性は身内の冠婚葬祭がある度、次男を連れて行くかどうか悩んだという。「行動が予測できない。参加者に迷惑をかけるのが怖かった」と明かす。
医師の診察時間は短く、生活については相談しにくかった。一方で、次男の障害を周囲に知られるのを恐れて自治体のソーシャルワーカーには打ち明けることができなかった。次男は幻聴などの症状もやまず、女性はここ数年、「私が死んだらこの子は生きていけるのだろうか」と思い悩んでいたという。
奈良県内の患者家族会で古屋さんと出会い、この本を手に取った。女性は「医療だけでなく生活や福祉制度の知識まで一冊にまとまっている。私が元気なうちに次男のため何をすべきか分かった」と話す。
古屋さんは「患者の生活を支えるために、患者が日々直面するトラブルの対処法を具体的に教える必要がある。困り果てた家族にぜひ読んでほしい」と話している。
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◇統合失調症
以前は「精神分裂病」と呼ばれたが、差別的と批判され、02年に改称された。診断基準として、世界保健機関(WHO)は▽妄想▽幻聴▽幻覚▽思考の途切れ▽興奮▽無気力――などの症状が1カ月以上続いた場合を示している。100~200人に1人が発病すると言われるが、症状の程度や出方、発病のきっかけには個人差がある。脳内物質の分泌や遺伝子異常などとの関連が動物実験から指摘されているが、明確な原因は分かっていない。
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/medical/20120402ddm013100044000c.html