虐待する父母から子供を守る手段とされながら、長年、行政による救済にほとんど用いられてこなかった民法の親権喪失制度。これを見直す改正民法が27日成立した。虐待する親と子に長年向き合ってきた施設の現場からは、歓迎と共に課題を指摘する声も上がる。
「親権停止の仕組みは前進だが、もっと前からあれば救われた子供も多かった」。こう話す東日本の児童養護施設長は、過去に何度か親権喪失ができないか検討し、見送ったことがある。
入所児だった20代前半の知的障害の男性が中学生の時。それまでほとんど会いに来なかった父親がやってきて尋ねた。「障害年金は出ていないんですか」。男性は生まれた時は障害はなかったが、3歳までに3度、親の虐待によるとみられる脳挫傷の手術をし、後遺障害が残った。父親が面会時に引き取りたいとも伝えたため、「金目当てだ」と親権喪失の検討を始めた。障害年金が成人前で未支給と知った父親からの連絡が途絶えたため、立ち消えとなった。男性は18歳を過ぎ、知的障害者施設に移った。
今回の改正は子供の福祉の視点に立つことを明確にし、同時改正された児童福祉法でも施設長らの日常の養育について、親は不当に妨げてはならないと明記した。だが、この施設長は「施設の子と親の実情を、国はもっと早くくみ取って動いてほしかった」と話す。
東京都内の児童養護施設のベテラン職員は、予防接種や進学の同意に反対する親と長年かかわってきた。母親からの身体的虐待と養育放棄のため保護された女子中学生は「生きていても仕方ない」と大声を上げパニックを起こし、リストカットを繰り返すようになった。精神科への通院の同意に母親は反対し続けたが、職員は「心配でしょうが、通ったら落ち着けた子が前にもいるんですよ」と母親の気持ちを受け止めつつ説得、同意の署名を得た。
この施設の施設長は「進路先を特別支援学級にするか普通学級かなど、親権者の意向との折り合いが難しい選択も多い。親に背を向けさせず、コミュニケーションを図り続ける力が我々にも必要だ」と話している。【野倉恵】
◇課題は親の支援
従来の親権喪失は、児童虐待の現場でほとんど機能してこなかった。今回の改正は、待ったなしの現実に対応するため、新たな制限設定にようやく踏み切るものだ。
親権喪失は、親子が断絶してでも子を救うべき性虐待などで活用が想定されながら、児童相談所(児相)による裁判所への申し立て自体が極めてまれだった。「膨大な労力がかかり活用しにくく回避されてきた」(九州の元児相所長)ためだ。
活用のしにくさ以外にも、現場は施設に保護した子の親による強引な引き取りや、退所後の身元保証といった「保護後の課題」、親子の再生支援の必要性を長年訴えてきた。だが、00年に児童虐待防止法が成立し、07年改正で児相に強制調査権を与えるなど、虐待の「発見・救済」策は強化されてきたものの、抜本対策としての親権改正は見送られてきた。
親権制度が長く変わらなかった間に何が起きたか、司法や行政は直視すべきだ。性虐待から保護されず精神に障害を負い自殺未遂を繰り返す人、施設から強引に引き取られ放置された人。10代後半で施設を出て路上生活に陥った人もいる。
制度の見直しは今後も必要な一方、より本質的には、親権停止の間に親にカウンセリングを受けさせるなどして虐待を改めてもらい、改善すれば親権を回復させ、親子の「やり直し」を目指す活用が期待される。それには「親子を支援できる力量をもたないと制度を生かせない」(中部地方の児童養護施設長)。現場は大きな課題を負った。【野倉恵】
◇「子の福祉は親の務め」 江田法相
民法などの改正について江田五月法相は27日の閣議後会見で「親の子育て意識のかん養に役立てるよう施行に向け準備を整えたい。国民の皆さんにも、子の福祉が親の務めだという意識を持ってほしい」と述べた。
また、細川律夫厚生労働相は「児童虐待に心を痛めており、何としても無くしていかなければと思っている。ぜひ運用をしっかりやっていかなければならない」と述べた。【石川淳一、石川隆宣】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110527-00000048-mai-pol