東日本大震災で、地震後、環境や体調の悪化などが原因で亡くなる人が後を絶たない。ショック死なども含めて「震災関連死」と呼ばれる。震災による「直接死」と違い、認定の判断基準が曖昧な上、混乱の中では見落とされがちにもなる。震災の犠牲者か否か。死の解釈をめぐって遺族や自治体が苦悩を深めている。(若林雅人)
◎母は犠牲者ではないのか/「病死」に長男疑問、「外因死」に訂正
「直接死因…循環器系の疾患」「死因の種類…病死及び自然死」
3月11日の地震発生直後に亡くなった仙台市宮城野区の女性=当時(71)=の死体検案書に長男(47)は首をかしげた。「母の死は、震災が原因ではないのか」
長男によると、女性は地震が起きた時、友人とJR仙台駅前のビル1階でエレベーターを待っていた。ビルの外に逃げようとし、先に出た友人が振り返ると、女性は路上に倒れていたという。
女性はパトカーで近くの病院に搬送されたが、既に心肺停止状態だとして病院は受け入れなかった。結局、仙台市内の警察署に安置され、2日後の3月13日に検視した医師が検案書を作成した。
納得できなかった長男は後日、医師に震災との関連を記すよう求めた。医師は「因果関係がはっきりしない」としながらも、死因の種類を「外因死」に訂正し、亡くなった経緯を付記する検案書の再作成に同意した。
1995年の阪神大震災以降、震災が何らかの形で影響した「関連死」の取り扱いが課題になっている。関連死は法的な位置づけや判断基準が明確ではなく、災害弔慰金の支給対象にできるかどうかにも関わってくる。
災害弔慰金支給法は、災害によって死亡した人の遺族に、市町村が条例に基づいて弔慰金を支給できると定めている。大半の市町村は、死亡者が生計維持者の場合500万円、その他は250万円としている。
「災害による死亡か否か」の認定は市町村に委ねられ、判断に迷うケースは、医師や弁護士ら有識者で構成する第三者の審査会が決める。判断に当たっては死体検案書などが重要な資料になる。
宮城県警は、女性を震災の犠牲者として発表した。発表基準は直接死に限っており、当初の検案書に基づけば関連死ですらなかった。県警の説明は「総体的に判断した結果だと思う」と曖昧だ。
長男は自らの体験を踏まえ、「震災の犠牲者が、1人の医師の裁量で『震災とは無関係』と仕分けされるケースは、もっと多いのではないか」と疑問を投げ掛ける。
◎認定めぐり遺族と向き合う/市町村板挟みの苦悩
震災で住民が犠牲となった自治体では、遺族への災害弔慰金の支給に向けた準備が始まっている。支給の可否を左右する「震災関連死」の判断を迫られる市町村には、戸惑いと不満が渦巻いている。
仙台市は弔慰金に充てる予算25億円を専決処分し、遺族からの相談を受け付けている。担当者は「関連死の取り扱いが一番の問題。同様の死亡例であっても、市町村で判断が異なるケースが出てくるのではないか」と懸念し、共通のガイドラインを示すよう国に要望している。
多賀城市は「病気など津波以外の原因で亡くなった方の遺族から(弔慰金の)問い合わせが来ている」といい、「どこまでが関連死なのか基準があれば、判断しやすい。国が統一的に審査を担う方法もあるのではないか」と指摘する。
現場の自治体のこうした声に対し、宮城県保健福祉総務課は「あくまでも市町村が関連死を判断し、弔慰金を支給することになる」と説明。厚生労働省災害救助・救援対策室も「これまでも判断基準などは示していない。むしろ市町村で柔軟に判断した方がいいのではないか」との立場だ。
過去の震災でも自治体は、関連死の認定判断と遺族の無念な思いの板挟みになってきた。
阪神大震災で4500人以上が亡くなった神戸市。関連死かどうかの審査対象となった1236人のうち、認定は約半数の663人にとどまった。担当職員は「市で統一的な判断基準を設けるのは難しく、個別判断になった」と打ち明ける。
その結果、関連死ではなく弔慰金を支払わないとした決定について、取り消しを求める訴訟が続出。最高裁まで争われ、自治体側が敗訴したケースもある。
一方、2007年の新潟県中越沖地震で28人が亡くなった同県長岡市。犠牲者のうち、ショック死や避難所で罹患(りかん)した肺炎による死亡などの関連死が18人を占めた。長岡市は「判断基準が明確でなく苦労した」と振り返る。
今回の震災でも、関連死を幅広く捉えようという動きがある。
福島県では、原発事故に伴う避難後に死亡した高齢者らを避難先の自治体が震災関連死と認定した。山形県も3月11日の地震で逃げる際に転倒し、翌日死亡した女性と、4月7日の余震による停電で酸素吸入器が止まって死亡した女性を、震災犠牲者として発表している。
関連死の可能性があるケースが過去の震災とは比較にならないほど多数に上るとみられる中、膨大で困難な認定作業が被災市町村に降りかかる。
宮城県内の自治体の担当者は「生活支援や復興事業で忙殺される中、死の意味をめぐって遺族と直接向き合わなければならない市町村職員の心労を考えてほしい」と訴えた。
◎被災者のため「大岡裁き」を/中央防災会議専門調査会委員・関西学院大災害復興制度研究所長 室崎益輝氏
東日本大震災での関連死の実態と、認定の判断を委ねられた被災自治体の対応について、政府の中央防災会議専門調査会委員で関西学院大災害復興制度研究所長の室崎益輝氏に聞いた。
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今月3日から4日間、石巻市でヘドロ除去のボランティア活動をしながら、地元の医師らから被災者の健康状態を聞き取った。「次々亡くなっている」との話だった。
医療体制が他の被災地より比較的整っていると思われる石巻市でも、少なくとも200人は関連死しているのではないかとの感触を持った。
生前の記録残して
震災直後の混乱で支援が行き届かずに体力を消耗したり、持病が徐々に悪化したりした人は大勢いる。震災から1カ月以上たつのに、過酷な環境が続いている人もいる。関連死は、阪神大震災とは比較にならないほど多くなるだろう。
関連死は阪神大震災を契機に生まれた新しい概念で、法的に明確な位置づけはない。新潟県中越沖地震でも問題となった。本来ならその後、関連死をどう防ぐかや、どのように対応すべきかの態勢を整えてしかるべきだった。
遺体を検視したり、解剖したりする監察医の絶対数も不足している。ましてや専門外の医師では関連死を的確に判断できないこともあり得る。
どんな状況下でどのようにして亡くなったのか、死亡直前の医療やケア、生活状態の記録を残すように努めてほしい。こうした記録がないと、震災との因果関係の説明が必要な関連死の認定が難しくなる。既に埋葬され、死因が分からなくなってしまった人もいる。
前例のない困難さ
関連死の認定は、過去の震災以上に困難を伴うだろう。弔慰金など公金の支出が関わるため、おのずと認定基準は厳しくなる。いたずらに大盤振る舞いはできないが、判断が難しいケースは、被災者側に立った「大岡裁き」をすべきだ。一家の大黒柱を失ったような場合、遺族は今後の生活に苦労するのだから。
国が関連死の判断基準を示すべきだとの声もあるが、国の基準を待っていたら、いつになるか分からないし、厳しい基準にならざるを得ない。自治体の責任で判断した方がいい。
<むろさき・よしてる>1944年、兵庫県生まれ。京大大学院工学研究科博士課程単位取得退学。消防大学校消防研究センター所長などを経て2008年4月から関西学院大災害復興制度研究所長。日本災害復興学会長も務める。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110421-00000006-khk-soci