相次ぐ「季節外れ」のインフルエンザ集団感染は、大流行の前兆か 「早めの備えを」と専門家
アフターコロナの学校で、季節性インフルエンザの集団感染が相次いでいる。インフルは冬に流行すると思われがちだが、そうでもないようだ。新型コロナへの感染予防をがんばったここ数年間、子どもたちのインフルに対する「免疫」が低下したともいわれているが、本当なのか。世界保健機関(WHO)重症インフルエンザ治療ガイドライン委員を務める慶應義塾大学医学部の菅谷憲夫(のりお)客員教授に聞いた。
昨年12月から始まった季節性インフルエンザの流行は今年2月にピークとなり、3月下旬に収束したように見えた。ところが、患者数は再び増加に転じている。
国立感染症研究所によると、5月22日からの1週間に全国の医療機関を受診したインフル患者数は推計約4.8万人。
学校では集団感染も起きている。報道によると、宮崎市内の高校では職員も含めた約500人が、大分市内の高校でも500人ほどが感染し、休校の措置が取られた。さらに東京都内や兵庫県内など各地で、学級閉鎖や学年閉鎖になる学校が増えている。
インフルは冬に流行するイメージがある。何か、異変が起きているのだろうか?
「そもそも、インフルのウイルスは乾燥した低温の状況で活発に活動します。なので、この時期にインフルが流行していることを『異常』と伝えているマスメディアがあります。しかし、日本のコロナ流行前のインフル流行状況を見ると、2018年5、6月にA香港型インフルが流行しました。19年は6、7月までB型インフルが流行しました。ですから、6月まで流行が続いても、格別、異常とはいえません」と、菅谷客員教授は説明する。
■高校生でさえ免疫低下
先の推計では、約4.8万人の患者のうち約60%が5~19歳である。学校生活への影響は大きい。厚生労働省によると、休校は20校、学年閉鎖は86校、学級閉鎖は219校。これを施設別に見ると、小学校は246校、中学校は40校、高校は25校。
「インフルはもともと子どもがかかることが多い感染症です。専門家の間では、学校は『インフル増幅の場』といわれます。学校でインフルが流行して、それを子どもが家庭に持ち込むケースが多い。ただ、今回のように、梅雨入りの季節に高校の休校や、規模の大きな学級閉鎖が報告されるのは異常です」
小学生と比較すると、高校生はインフルにかかってきた回数が多く、そのぶんインフルに対する免疫が高い。つまり、高校でインフルが流行しているということは、高校生でさえインフルに対する免疫が低下していることを意味する。それは、なぜなのか?
「通常、インフルは毎年、流行します。一方、人々は流行と接することでインフルに対する免疫を保ちます。ところが、日本では21年と22年にインフルの流行がありませんでした。それによって、国民全体の集団免疫が低下していると考えられます」
現在、流行しているのは主にA香港型インフルだが、前回、日本でこの型のインフルが流行したのは19年4、5月が最後である。
「ですから、日本国民の多くは3年以上、A香港型インフルの流行に接していませんでした。特に19年春以降に生まれたほとんどの乳幼児はA香港型の抗体を持っていないことになります」
■よく似る米国での流行
昨年までの2年間、インフルの流行がなかったことと、新型コロナの流行は密接な関係があると見られている。
「要するに、インフルも新型コロナも呼吸器に侵入するウイルスです。20年春以降、新型コロナの感染拡大を抑えるため、多くの人がマスクや手指消毒をして、ソーシャルディスタンスを保ちました。政府は訪日観光客の受け入れを停止した。それが要因で2年間、インフルが流行しなかった、と思われます」
一方、日本よりも先にアフターコロナへのかじを切った欧米各国では、すでに、21年から22年にかけてインフルが流行した。
ちょうど1年前、欧米で流行したインフルの状況と、今の日本での流行は非常によく似ているという。菅谷客員教授は、米国を例に説明する。
「昨年、アメリカでは日本と同じくA香港型の小流行が、6月中旬まで続きました。各地の大学で学生がインフルにかかったというニュースをやっていました」
例年の流行と比較すると、小規模の流行だったが、患者数の推移を示すグラフは変わった形をしている。感染のピークが二つあるのだ。
「冬にピークがあり、いったん下がった後、春にまた増加して、『フタコブラクダ』のようなグラフを描いています。例年とは異なる流行のパターンとなった原因としては、新型コロナの流行との干渉、人々のインフルへの免疫低下、マスク着用といった新型コロナ対策などの影響が考えられます」
インフルの流行は6月中旬に収まったものの、また次の流行が10月に始まった。しかも、ピーク時の感染者数は例年の2倍ほどにまで膨れ上がった。
「まだ最終的な報告は出ていませんが、10年に1度の大流行といわれ、騒ぎになりました」
■この秋は大規模な流行か
話を日本に戻そう。
「昨年、欧米諸国では5、6月までインフルが流行しましたから、日本でも同様にもう少し流行が続くと思われます。ただ、これからは本格的な夏になりますから、全国的にインフルが広がっていくような状況にはならないでしょう」
しかし、菅谷客員教授は次の流行を危惧する。
「今、長引いているインフルの流行は、今秋の流行の前兆だととらえています。アメリカと同様、日本でも大きな流行が発生する可能性があります」
インフルは通常、北半球では12月から流行が始まり、1月にピークとなる。「ところが直近の欧米のインフルの流行は昨年10月から始まっています。つまり、流行開始が例年より1、2カ月早かった。しかも、大規模なものとなりました」
先にも書いたように、欧米では1シーズン、インフルの流行がなかったが、日本では2シーズン、インフルの流行が起こらなかった。
「ですから、日本人のインフルに対する免疫は欧米人よりも落ちていると思われます。次の流行は例年よりも早期に始まり、大きなものになると予測しています」
通常、インフルのワクチン接種は10月から始まるが、そのときにはすでにインフルの流行が始まっている可能性がある。菅谷客員教授はワクチンによるインフル対策や治療薬の準備をできるだけ早く進めるべきだと訴える。
「最近、コロナ疲れもあって、若年層を中心に『もうワクチンを打たなくてもいいや』という雰囲気が広がっているのが心配です。少なくとも乳幼児や高齢者、心臓や呼吸器系の持病がある人はきちんとインフルのワクチン接種を受けるべきです」
ワクチン接種以外のインフル予防法は、マスクの着用や手指消毒などである。その重要性は新型コロナで多くの国民に浸透しているはずだ。
「インフルのワクチンは卵を使用して製造するので、緊急に大量生産することはできません。なので、今年の秋はインフルに気をつけよう、という意識を国民全体が持つことが大切です。政府もあらかじめ対策を練っておく必要性があります」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)