<知的障害>出所者の更生支援…東京に事務所開設へ
知的障害のある受刑者が刑務所から出所した際、福祉の視点から更生を支援する事務所を、長崎県の社会福祉法人が今春、東京都内に初めて開設する。知的障害者による犯罪の背景として、出所後の社会的受け皿の乏しさが指摘される。その支援のあり方を探るため06年に研究班を設置した厚生労働省や法務省も関心を寄せている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080210-00000009-mai-soci
◇長崎県の社会福祉法人が開設
開設するのは「南高愛隣会」(長崎県雲仙市)。田島良昭理事長(63)は80年代から全国に先駆けて重度障害者の職業訓練を実施。厚労省研究班の主任研究員も務める。
厚労省などによると、知的障害の受刑者は身元引受人がおらず、福祉サービスを受けるのに必要な「療育手帳」もないケースが大半だ。行政上の対策も遅れており、ある刑務官は「自立できずに無銭飲食や盗みなど軽微な犯罪を起こし、刑務所にまた戻ってきてしまう」と明かす。
南高愛隣会の計画では、東京の事務所に社会福祉士ら職員4人を配置し、周辺の刑務所と連携。服役中の知的障害者の状況や出所予定時期に関する情報を得た上で、入所する福祉施設探しや就労あっせん、療育手帳の取得などを手がける。同会は昨年、研究班モデル事業として、運営する雲仙市のグループホームで出所した知的障害者3人を受け入れ、職業訓練などを行っている実績がある。
研究班と法務省が昨年5月、全国15カ所の刑務所の受刑者2万7024人を対象に初めてサンプル調査したところ、410人(約1.5%)が知的障害の疑いがあることが分かった。
同会は、こうした事務所を「社会生活支援センター」(仮称)として、全国で公的に運営する将来構想も提唱。厚労省も注目し、今年度、職員養成のプログラム作りに約800万円の補助金を支出している。
◇身寄りも療育手帳もなく
「畳で寝られるのがうれしい」
職業能力の開発と生活習慣の定着を目的に、社会福祉法人「南高愛隣会」が運営する長崎県雲仙市のグループホーム。元受刑者の50歳代の女性はそう言って、ほほえんだ。中度の知的障害があるとみられ、車への放火などで4回服役した。
最後の服役を九州の刑務所で1年半送り、昨年5月に出所した。だが、身寄りも療育手帳もなく、福祉サービスを受けることができずにいた。出所しては公園で寝泊まりし、拾った弁当などで飢えをしのぐ日々だった。
女性はほかの障害者とともに午前6時半に起床し、日中は農作業に励む。集団生活にも慣れ、「お母さん」と慕ってくる障害者もいるという。世話をする職員は「刑務所のご飯は温かくておいしい、と聞いたこともある。塀の中のほうが居心地がいいと思ったのだろうか」と想像する。
職員らの尽力で、女性は療育手帳を取得し、今では障害基礎年金も申請している。ホームを出て「佐賀で働きたい」と将来を語るようになったという。
だが、女性のようなケースは極めて少数なのが現状だ。厚生労働省の研究事業の場となったこのグループホームでも、受け入れはまだ3人。法務省幹部は「刑務所側は知的障害者の行き先が心配でも、出所後に本人に接触できないし、福祉のノウハウもない。スムーズに福祉へ橋渡しできるシステムが必要だ」と語る。【川名壮志】
◇解説…司法と福祉つなぐ実践
長崎の法人による取り組みの背景には、厚生労働省と法務省の連携がなく、知的障害犯罪者が政策のはざまに置かれてきたことがある。知的障害者が他の人より犯罪に走る可能性が高いということはなく、施策の断絶が社会で行き場のない知的障害者を生んでいると、専門家は指摘する。
厚労省研究班が昨年公表したサンプル調査。犯罪の動機は「生活苦」が約37%で、罪種では窃盗が約43%と多くを占めた。再犯者に限ると6割が出所後1年未満で再犯に及んでいた。
「生活苦」に密接に関連するとみられるのが、税金の減免や雇用のあっせんなどが受けられる療育手帳の取得率の低さで、410人中26人だった。この手帳は「福祉のパスポート」と言われるが、障害者側が申請しなければならない。「18歳までに障害が発生した証拠」も求められる。
調査では、再犯の知的障害者のうち、前回出所の際、相当数が行き先がなかった。専門家は「路上生活や暴力団の下働きを強いられる障害者も多い」とみており、服役中からの帰住先探しのニーズは高い。今回の取り組みは、司法と福祉をつなげる実践と言える。