冬の鍋料理に欠かせないキノコ。本格的な消費シーズンを迎えた12月、キノコ生産大手「雪国まいたけ」(新潟県南魚沼市)の不正経理問題で、証券取引等監視委員会が金融庁に同社への課徴金納付命令を勧告した。“信越キノコ戦争”とも呼ばれたライバル会社「ホクト」(長野市)との覇権争いを背景に、創業者の「強すぎるリーダーシップ」が温床となったという。毀誉褒貶(きよほうへん)が相半ばした創業者は経営の一線から退いたが、社内にはいまだ「余人をもって代え難い」と擁護する声もある。
■「妥協しません! 許しません!」の標語が社内に
ブランド米「魚沼産コシヒカリ」で知られる新潟県南魚沼市。このコシヒカリと並び称される市のシンボルが「雪国まいたけ」だ。
社名に冠されたマイタケやもやしの生産で全国に名をはせ、タレントのはなわさんや歌手の郷ひろみさんを起用したテレビCMも話題を呼んだ。パートを含む従業員約1500人の多くが市内に勤務し、雇用面でも地元経済に大きく寄与していることが「シンボル」たる所以でもある。
同社が本社を構える関越自動車道の六日町インターチェンジ近くの13階建てビル。数週間前まで、社内の至る所に、こんな言葉が張り出されていたという。
《私たちは出来ない理由を探しません! 出来る理由を見つけます! 私たちは妥協しません! 許しません!》
社員の1人が打ち明ける。「会社の行動指針として掲示していましたが、今回の件と関連付けてみられることを避けるため、最近外したんですよ」。
行動指針の発案者について社員は言葉を濁したが、指針は創業者の経営姿勢と、今回、明らかになった不正経理の実態を端的に表している。
■風評被害対策でも不正な経理
雪国まいたけは平成7年ごろ、滋賀県近江八幡市に工場・物流センターを建設するため、土地開発に着手。9年6月までの間に、約7億円を斡旋(あっせん)業者に手付金として支払った。だが結局、この計画は実現せず、12~19年に滋賀県内の別の土地を造成するに至った経緯がある。
問題となったのは、この手付金だ。本来、計画を断念した時点で全額を損失処理すべきだったが、同社は損失計上を回避。資産として計上し続けていた。さらに、埼玉県や東京都内に保有する物件の価値下落分を損失計上していなかった。
ほかにもある。
東日本大震災の東京電力福島第1原発事故後「キノコは放射性物質を濃縮する」という風評被害が拡大。売り上げが徐々に減少した。そこで同社は大手広告代理店に、風評被害を払拭するCM制作を依頼。この際、広告代理店に支払われた7億円余について、3年にわたり不正な分割計上をしていたという。
同社はこうして水増しされた純資産額などを記載した有価証券報告書を提出。監視委が8月に行った立ち入り検査を受け、弁護士らで構成された調査委員会の調べで、総額約14億円の不適切な会計処理が裏付けられた。
業界トップクラスの同社はなぜ、不正経理を行う必要があったのか。
■互いの得意分野に参入… 雪国、ホクトの激烈な闘い
「雪国」は昭和57年の創業。創業者の大平(おおだいら)喜信氏(65)が独自のマイタケ栽培技術を開発して売り上げを伸ばし、1代で全国シェアの5割超を占めるまでに成長させた。
だが平成12年、隣接する長野県のキノコ生産大手「ホクト」が「雪国」に攻勢をかける。それまで「雪国」はマイタケ、ホクトはエリンギ、ブナシメジと暗黙の棲み分けがあったが、ホクトがマイタケ市場への参入を表明したのだ。これに対し「雪国」も直ちに応戦。ホクトの牙城だったエリンギ、ブナシメジに相次いで進出し、戦いの火ぶたが切って落とされた。
価格のほか、含水率の低さ(低い方が品質が保持されるという)、カサの大きさ、天然モノとの近さ…。アナリスト向けの説明会などでは、双方が自社製品の優位性を主張。ホクトが広告宣伝費を年間10倍超に増額し「♪きのこのこのこ げんきのこ」で人気となった「きのこの唄」のCMを全国展開すれば、「雪国」はブナシメジの日本最大規模の生産工場を建設。両社の戦いは過熱していった。
シェア争いはどの業界でも共通するが「信越キノコ戦争」が特異だったのは、トップ自らが前面に立った点だ。ホクトへの対抗策の多くは大平氏が考案。「殴り込みをかけられたのはこっちだ!」。大平氏は当時、業界紙に語気を強めてこう話していたこともある。
両者のつばぜり合いと、「雪国」の不正経理が行われた時期はほぼ重なる。監視委幹部は「ライバル会社との熾烈(しれつ)な競争と、創業者の“個性”が重なり合った結果。ただ、不正経理は創業者の指示ではなく、幹部や社員が創業者の思いを忖度(そんたく)した結果の行動だった」と解説する。「雪国」の調査委は「(大平氏の)強すぎたリーダーシップによる暗黙の重圧があったと推認される」と表現した。
■社内からは創業者擁護の声も「余人を持って代え難い」
大平氏は11月、「顧問」として、経営の一線から退いた。12月には再発防止策の再点検を行う委員会を設置、「企業風土の再構築」を図るという。
同社は「コンプライアンス(法令遵守)の意識が低かったのが一番の問題。外部の弁護士らも参加した委員会で定期的なチェックを受けるとともに、社を挙げて法令遵守の意識を高めたい」(総務担当者)としている。
一方、「雪国」社員からは、こんな声も聞かれた。
「(大平氏は)農家の長男から立身出世を地でいった方。会議で怒鳴ったり、自分の意見をゴリ押し通したりするワンマン社長ではなかった。苦労してきた分『可能性がある限りやれないことはない』というのが原点にあり、その思いを社員はみな分かっていたから…」。
この社員は「今後も栽培技術面などで助言を受けていくことになると思う。キノコ栽培については日本一だと思っているし、余人をもって代え難い」と今も大平氏を“擁護”する。
同社によると、問題発覚後、キノコの売り上げそのものに落ち込みはないという。だが「キノコ戦争で『妥協しなかった』結果が決算の粉飾では、あまりにもお寒い話」(市場関係者)であることは言うまでもない。同社の躍進を支えてきた「企業風土」がどう変わるのか、今後が注目される。
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