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「眠れる旅人」発掘 広がるバリアフリー・ツーリズム

 2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、障害者らが気軽に旅行できるようにする「バリアフリー・ツーリズム」の動きが広がってきた。受け入れ体制を整える地域が増え、バリアフリー化の改装に取り組む宿泊施設も目立ち始めた。高齢化で足腰に不安を抱える観光客も急増しており、バリアフリー化が商機につながるという見方が広がっていることも背景にある。
 「滑っている感じが楽しい」。1月下旬、北海道旭川市の屋外スケートリンクで、NPO法人、カムイ大雪バリアフリー研究所(同市)が運営するツアーセンターの松波正晃さんがはしゃいだ。普段は車イスの生活。歩けない人でもスケートを楽しめるそり付きのイスで初滑りを体験した。松波さんは体の不自由な人のスケートを案内する研修のモデル役。センターは2月からスケートへの案内を始めた。
 旭川市では今月上旬、「冬まつり」が開かれた。1月下旬に同市が開いたボランティア説明会では、車イスの五十嵐真幸センター長が高校生38人に「車イスは小さな前輪が雪に埋まり動けなくなる」と説明し「一輪車のように前輪が大きな車イスや人力車のように引っ張る用具があるので声がけを」と協力を求めた。
 同センターでは地元の障害者が活動している。観光施設を調査し、障害者の目線で段差の高さや間口の広さ、坂の勾配などの情報を提供する。宿泊施設のバリアフリー改修を進言し、車イスなどの貸し出しも行う。旭川医科大学から医学的な見解に基づく助言を受けているのも特徴で、五十嵐センター長らは医大の非常勤講師でもある。
 年間800万人以上が参拝に訪れる伊勢神宮(三重県伊勢市)では、2月から車イスでの参拝を介助する有償ボランティア「伊勢おもてなしヘルパー」が活動を始めた。NPO法人、伊勢志摩バリアフリーツアーセンター(同県鳥羽市)や伊勢市、皇学館大学などでつくる推進協議会がヘルパーを募り、昨年から研修を重ねてきた。
 内宮の宇治橋から正宮まで約800メートル。参道には玉砂利が敷き詰められ、正宮前には25の石段がある。これまで事前に要望があれば、住民の無償ボランティアが支援を行ってきたが、依頼が増え対応しきれなくなった。
 そこでいつでも対応できるよう有償ボランティア導入に踏み切った。ヘルパーは15歳の女子高生から74歳の男性まで79人。料金はヘルパー1人で4千円(事務手数料を含む)で、1人追加するごとに2千円上乗せになる。「様々な人が来られる環境をつくれば観光の需要拡大につながる」(鈴木英敬・三重県知事)と期待も大きい。
 金沢市で障害者の旅行の手助けをしているNPO法人、石川バリアフリーツアーセンターの坂井さゆり理事長は「北陸新幹線開業で障害者の観光客も増えている」と話す。長野から車イスの若者9人が旅行しに来たこともあったという。
 同センターは兼六園や21世紀美術館など人気スポットについて、段差の場所や道幅などを記載した障害者向けの観光マップを作成。ホテルのドアや通路の幅、洗面台の高さなども調査して情報提供している。今年は県内の小松市や中能登町と協力して歌舞伎メークや滝に打たれる体験をしてもらうことも検討中だ。
 松江市のNPO法人、プロジェクトゆうあいも障害者向けに観光施設のバリアフリー化情報を掲載した地図を配布。15年からは英語版も発行している。ゆうあいが立ち上げた松江/山陰バリアフリーツアーセンターには「国宝の松江城は、車イスでどこまで行けるのか」といった具体的な情報を求める問い合わせが目立つ。このため「新しい情報に常に目配りして現地に足を運び、バリアフリーの実態を把握しておくよう心がけている」(川瀬篤志理事)という。
 バリアフリーツアーセンターなどの活動に呼応し、改装に踏み切る旅館も目立つ。三重県の伊勢市駅近くにある1929年(昭和4年)創業の「日の出旅館」は経営不振で一時は廃業寸前まで追い込まれた。しかし伊勢市の助成を受け思い切って改装。車イスで宿泊できる部屋を設けるなどバリアフリー化を進めたところ息を吹き返し、宿泊客は10倍の年6千人に増えた。
 女将の岡田麻沙さんは「バリアフリー対応の部屋の稼働率は90%以上。海外のリピーターも多い」という。
 松江しんじ湖温泉(松江市)では珍しく高級旅館がバリアフリーに踏み切り注目を集めた。「なにわ一水」は、25室のうち5室が車イスでも利用できるよう改装した。昨年改装した2階には、車イスでも入浴できる露天風呂をベランダに備えた部屋を設けた。車イスのままシャワーを使え、座ったまま露天風呂に入れるリフトも設置した。
 ただ「お客様は旅行に非日常を求めている。バリアフリー化を進め過ぎると、自宅と同じような環境になってしまう」と伊藤晶弘社長室長は話す。そこであえてバリアフリー化せず、人手をかけてサポートする場所も設けている。
■障害に応じた工夫の提案を 中村元・NPO法人日本バリアフリー観光推進機構理事長の話 バリアフリー観光には埋もれていたマーケットがある。障害者や高齢者を中心に家族や友人も観光地にやってくる。東京五輪・パラリンピックでは海外から障害者や高齢者の観光客が増え、受け入れ環境を整えれば眠っていたマーケットを獲得できる。体の不自由な人は観光地にリハビリに来るわけではない。「客として扱ってもらえるか」「イヤな思いをしないか」という事が重要で、施設側も普通の観光客だと思うことが大切だ。
■人口減少による市場縮小を回避 若原圭子・JTB総合研究所主席研究員の話 バリアフリー・ツーリズムへの対応が進めば、障害者にとどまらず、高齢者、乳幼児連れ、外国人などあらゆる旅行者への配慮が当たり前な社会が実現する。東京五輪・パラリンピックは「誰もが旅行しやすいニッポン」をアピールする機会にしなければならない。日本人の国内旅行の頻度は20代と60代が最も高く70代で減少する。70代以上の旅行頻度が増えれば、人口減少による宿泊旅行市場の縮小は避けられると国土交通政策研究所も推計している。
(稲田成行、岡本憲明、鉄村和之、若杉敏也)
[日本経済新聞2017年2月6日付朝刊]

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170222-00000008-nikkeisty-bus_all

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