幻聴や妄想が表れ、社会生活が難しくなる精神疾患の一つ、統合失調症。精神科の病棟で入院生活を送る患者が多いが、周囲のサポートや医療の進歩によって、就職し、地域で暮らす人たちも増えてきている。
今年2月、千葉県流山市の夫婦が赤ちゃんを授かった。父親は、妻の名の一文字をとって裕唯(ゆい)と名付けた。わが子を挟み、顔いっぱいに笑みが広がるのはどこにでもいる夫婦の姿だが、2人はともに統合失調症の患者だ。
夫の平林茂さん(47)が異変を感じたのは、高校2年生の時。友人と弁当を食べていて、突然、喉を通らなくなった。ひきこもりが10年間続き、30歳代半ばには癖になっていたリストカットがエスカレート。「自殺してしまう」と怖くなり、精神科に入院した。診断を受けたのは40歳の頃だった。
妻の裕子さん(34)が発症したのも高校2年生の時だった。治療を受けながら大学に進み、ソーシャルワーカーの資格を取得。自らの病名を知ったのはその頃だ。卒業後は介護施設などに勤めたが、ストレスから不安と緊張が強くなり、働けなくなった。
2人が出会ったのは市内の精神科「ひだクリニック」。3年間付き合い、一昨年の元日に結婚した。クリニックの支援で、2人とも別々の職場に、正社員として就職。今は自立した暮らしをしている。
同クリニックは訪問看護ステーションやデイケアなどを併設し、自立に向けた様々なプログラムを提供している。就労訓練だけでなく、「訪問販売で契約させられそうになったら」「携帯電話は夜何時までかけていいのか」など、生活に必要なことを学ぶ。地域とも交流し、コンサートや運動会に自治会や地元の経営者、子どもたちを招く。これまで100人以上の患者が自立生活に挑めたのも、交流で病気への理解を深めた不動産業者からアパートの紹介を受けるなど、地元の協力があるからだ。
しかし、全国的には、地域で暮らす患者はまだ少ない。厚生労働省の調査(2011年)では、入院患者は17万人と、外来の約3倍。これを変えようと、早くから取り組んできたのが北海道帯広市だ。
医療、福祉関係者が連携して患者の地域移行を進めた結果、1990年代前半に、近郊を含め約1000あった精神科の病床が、今は半分に。十勝障がい者支援センターの門屋充郎理事長は「住居の確保と就労の支援により、多くの人が地域で暮らしている」と話す。
市内で一人暮らしをする土井悠平さん(33)は、2度の入院の後、5年前に就職した。衣料品店で商品の仕分けを担当する。まじめに働き、時給は200円以上アップ。食事付きアパートの家賃月6万円を払っても余裕があり、電子ピアノを買った。毎日、練習するのが楽しみだ。「仕事をしていると体調もいい。定年まで働きたい」と明るく話す。
商店街には、この3年間で、患者が働く七つの商店が相次いでオープンした。「御用聞き屋べんぞう商店」で働く山本篤司さん(49)は、近くのアパートから通う。「レジ打ちも覚えた。まだ失敗するけど」と頭をかく。店での住民とのやりとりは、患者への理解を深めるのに役立っている。
自立の可能性の広がりは、医療の前進と無関係ではない。注射で効果が2週間続く薬剤が4年前に登場し、患者は飲み忘れの不安なく、日常生活を送れるようになった。ひだクリニックの肥田裕久院長は「こうした薬で仕事を続けやすくなった人も多い。企業や地域の理解が進めば、今後、もっと多くの人が社会参加できるはず」と話している。
統合失調症 思考や感情がコントロールできなくなる精神疾患。10歳代の思春期から20歳代にかけての発症が多く、原因はわかっていない。2011年の厚生労働省の推計では、全国の患者数は約70万人。
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